第32話 絶望

先ほどまでの、一太刀で倒れる壁でしかなかった雑兵とは違い、1体1体があの森で出くわしたくろいゴブリンと同格のネームドクラスと見ていいだろう。残った群勢全てが対象だったわけでは無いにせよ、雷が当たった範囲全てのゴブリンが黒色化されていた。


対するはサポート効果を失い、先程までの動きどころか、半世紀ほど前のポリゴンゲームと呼ばれた物を彷彿とさせるカクカクとした操作しか出来なくなった赤子同然のプレイヤー。中にはサポート機能を元より使用していなかった為問題なく動ける者や、サポートを受けながらプレイしていたおかげか、サポートなしでも多少動けている猛者も居たが、それも両手で数えられるほどであり、殆どのプレイヤーが無力化されてしまったと言っても過言ではない状態だった。



-そして蹂躙が始まった。



ただでさえ上手く身体を動かせないというところに、雷によって超強化されたゴブリンが襲いかかる。


防ごうにも身体が思うように動かない。

逃げようにも足が言うことを聞かない。


皮肉にも動いたのは、自分の意思とは裏腹に情けない断末魔をあげるしかなかった喉だけだった。



『形勢逆転。先程までとは立場が逆になってしまいましたねェ? フフフッ… 絶望を知り! 無力を嘆き! 抗ったことを後悔しながら蹂躙されるといい!!!』


そんな断末魔を聴き調子が直ったのか、元の芝居がかった口調に戻るザモン。見た所ウカから貰っていた傷こそ癒えていたものの、先ほどまでと特段見た目に変化がないように思える。強化される内容にも個体差があるのだろうか? それとも…既に?



周囲の惨劇を伺っていると直感が警鐘を鳴らす。それに少し遅れてブォンと重量を感じさせる風切り音が聴こえた。少しでも対応が遅れていたら直撃していただろう、ほんの少し前まで顔があった所を筋肉量が増加した腕が通過していく。


頬が熱い。薄皮一枚、拳の風圧だけで切れてしまったようだ。

そんな血を拭う暇もギニーは許さない。



そしての猛攻が始まった。



ゴブリンを足止めしてくれていた味方は、既にその数を大きく減らされている。まだ抗っている者もいるが、当然一人一人が受け持てるキャパシティを大きく上回っており、余裕ができた雑魚達は傭兵を囲み、一撃また一撃とその命を刈り取らんと攻撃していた。突然窮地に立たされいつも以上にアドレナリンが出ているのか、かなり善戦しているがそう長くは持たないだろう。


そしてそれでも有り余る雑魚達は、自分達の長の助けにならんと俺に群がり始めていた。



先ほどまでの戦い方は当然通用しない。

より速く、より凶器的になった攻撃を躱しながら、より通用しなくなった肌質の隙を突けなくては話にならない。


それも追加で周りから襲いかかる雑魚達の妨害を掻い潜りながら、だ。



イレギュラーによって切れかけていた集中を、周りからの妨害を躱しながら強引に引きずり戻す。


絶望? 無力? 後悔? …冗談じゃない。

待ち侘びていたのはこの感覚。


何度強化されようが関係ない。

あと何形態残っていようが関係ない。


これこそボス。

これこそボス戦なのだ。


最後まで足掻く。

相手が強ければ強いほど燃える。

やれるだけやってやる。



『ほぉ〜う? この状況で笑いますかァ。』


ザモンがなにか囀った気がするがそれも思考は必要な情報と判断せずにシャットアウトした。


もう既に没入し切っている。

あとは身体を動かすだけだ。



…一歩。


…二歩。



ただの歩みが何秒何十秒、もしかしたらもっと長いかもしれない時間に感じる。


周りを囲む雑魚達は長へと続くその歩みを止めんと動き出した。


奴らはきっと考えたのだろう、ゴブリンにしては連携の取れた足並みの揃った攻撃だ。



揃っていれば俺の足を止められたかもしれない。


完全な同時ではないために隙が見える。嫌でも視える。3方向からの雑魚を歩みを止めずに斬って捨てる。邪魔だ。


その流れるような立ち振る舞いに気圧されたのか少し躊躇うような動きを見せるも、すぐに気を取り直し妨害しに駆けてくる。3でダメなら6で、6でダメなら10で。


余計な動きはいらない。相手の急所を切り払うだけ、それだけで少なくとも致命傷だ。後から続く同族に踏み潰されて命を絶やす運命に書き換えていく。



何体切り伏せたか数え切れないほどになる中、そんな歩みの先の赤鬼ギニーもただ迎え入れるなどするわけもなく。


周囲の味方ゴブリンを無視して殴りかかってくる。背に生えた完全体の翼を活かしているのか、先ほどまでとは雲泥の速度だ。


身体強化のパッシブが成長したのだろうか、それともただひたすらに没入しているからだろうか、さっきよりは少し早くなったかな、と感じる程度。


猛攻の中、隙をつき急所目掛けて獲物を振るう。

-雑魚が割り込む。急所に刃は届かない。


猛攻の中、動作の流れで関節目掛けて獲物を振るう。

-雑魚が差し込む。関節に刃は届かない。



…後一手が足りない。


攻勢に出ようにも手数が足りない。被弾こそしないものの場が好転することは無いのだ。

隙を見つけても雑魚のインターセプトに阻まれる。それを無理に押し切ろうとでもすればこの獲物が持たないだろう。数多くの敵を屠ってきた刃は既に血に塗れ滑りが悪い。押し切るなど試すまでもなくそれこそ詰みになってしまう。



ウカはザモンの相手で手一杯だ。

むしろ雑魚の妨害もある上で現状を維持し続けてくれている。

これ以上を求められるわけがない。



せめて雑魚を止める事が出来れば。


後一手。

なにかあればを信じて足だけは止めない。




-その時だった。




聴き馴染んだ炸裂音と共に、光の尾が群れとなって飛来する。

突然の意識外からの攻撃に雑魚達は慌てふためいていた。



「総員!突撃!!! タイマンで対応しようと思うな! 絶対に数的有利を維持しろ! 我らが街を自らの手で護るのだ!!!」



ゴードン団長率いる騎士達が戦場を駆け抜ける。


どうやら時間は稼ぎきれたようだ。

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