第27話 綻び

不安要素、とは言ったものの騎士団内部もごますりだけで上へと上がれる訳ではない。しっかりとした実績を踏まえた上で選ばれているのだろう、ゴードン団長は優秀な指揮官だったようだ。怪我人こそ出るもののうまく交代させているようで、前線を崩壊させる事はなく、そこまでの被害を出していない事が補給隊の様相から伺えた。


つまり… 回復魔法が使えるハルはさておき純粋な戦闘職である俺達は手持ち無沙汰になってしまっていた。



「はぁ… なんともったいない…。持ち腐れとはこういうことを言うのですよ…。」


とこちらを見てため息をつきながらぼやくマールさん。

現状のまま、平和に終わる分にはこのAVOの世界に生きている現地人NPCからすれば大いに結構、それに越したことはないだろう。しかし俺達プレイヤーからすればイベントのポイントを稼ぎに来ているのだ、このまま参加できない状況が続くことを良しとする訳にはいかない。


何か行動を起こそうにも闇雲に動いて良い結果を得ようなど無謀も無謀。やはり何をするにもである。



「なぁウカ…

「ん。前線でいい?」


十言わずとも一で全てを察するウカさん。いつも話が早くて助かる。最近は特に察しが良くなっている気がするが気のせいだろうか?



「ああ、それで頼む。」


俺の返答を聞いたかと思えば返事も言わずに天幕の影へと潜み、瞬きの間にウカの気配は消えていた。いや、まだそこらにいるのかもしれないが既に俺には感知することはできなかった。



「…あら? ウカ様はどちらに?」


「実は俺が忘れ物をしちゃって…、 さっきの天幕に見に行ってくれてるんだ。」


マールさん、ひいては教団直属の身になったのだ、身勝手な行動をして騎士団サイドにバレた場合、多かれ少なかれ責任を取らされることになるのは実質上司であるマールさんになるだろう。親切にしてくれたマールさんには悪いが情報は欲しいのだ。止められようがどうせ身勝手な行動をしていただろう。であれば下手に波風立てる必要もない、ここは隠しておくのが得策だろうと判断した。



「でしたら私の方に申し付けてくだされば見に行かせましたのに…。」


引っかかるようではあったが渋々納得、に落ち着いたようだ。危ない危ない、余計な火種は避けるべきだ。



一難乗り越え周囲を伺う。

ハルは前線での戦闘で負傷した騎士の救護に教団のサポートとして走り回っている。


アメさんは… 配信準備だろうか、先ほど「これじゃあ映えないよね…」とかなんとか呟いてたが彼女にとっては今置かれている状況に別の心配があるのだろう、大変そうである。


ダーシュは教団の女性に話しかけていた。あの癖治ったんじゃなかったのか!? 頼むから変なことはしでかさないでくれと願うばかりだ。


俺は… ステータスでも見直しておこうか。とダーシュの方を時々伺いながらウィンドウをいじる。


そんな手持ち無沙汰なりに各自それぞれの時間を過ごす中、暫くして我らの斥候が帰ってきた。



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「今の所は順調。 でもそう長くは持たない、かも。」


戻ってきて開口一番、結論を発した後に、ウカの口は戦場の有様を物語る。



騎士団は善戦していた。

舐めてかかっていたというよりは自分の実力に相当の自信があった故の行動だったのだろう、ゴードン団長の指揮の元、騎士と貴族経由の推薦を受けていた有志の戦士は下手すれば自分達の10倍にもなろうかというくらいの軍勢を相手に前線を維持し、上手く敵の頭数を減らしていって居たという。


ゴードン団長のやり方にも見た所不足はなく、鼓舞によって全体の士気を高め、全体を見定め怪我人は下げ、と軍を率いるのにこれでもかと言わんばかりの理想的な指揮官だったらしい。



ポジティブなワードしか報告には上がらないので何が問題なんだろう?と疑問が浮かぶ。



「今のところ良さそうに聞こえるけど…、 長く持たなそうなのか?」


「ん。有志は悪くない。 騎士がダメ。」


「騎士が?」


その時だった。



「頼む! 誰か助けてくれ!」


キラキラと陽の光を反射していたであろう新品の鎧を緑色の血液と泥に塗れさせ、焦った様子で救護用の天幕群へと駆け込んでくるどこか見知ったような顔の騎士。


先ほどマールさんと口戦していたドグだった。



「お、俺は悪くねぇ! なんっも悪くねぇぞ!」


何かに怯え、言い訳のように叫びながら前線から遠のくよう、そのままオーレンの街の方まで駆け抜けて行ってしまう。



そこから事態が大きく動き出すのにそこまでの時間は掛からなかった。



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ゴードン団長は優秀だった。理想的な指揮官だった。想定された隊列に隙はなく、完遂とは言わずとも遂行さえしていれば大きな被害も出さずに処理しきれていただろう。



遂行できていればの話だが。



練度の低い騎士は最初こそ団長の鼓舞が効いたのか勢いで戦えていたが、敵は遊びでない。命を賭けてこちらに赴いている。その気迫に押された騎士がいたのか、何処かの前線に綻びが入った。恐れを成した騎士はその持ち場を捨て敵に背を向け逃走。その隙をうまく差し込まれ騎士団は前面からの圧に対応すればよかっただけの所を横からの攻撃にも対応しなくてはいけなくなった。



結果として前線は崩壊。

順調に敵を減らしたものの、核であるゴブリンキングは健在、雑魚の兵士もまだ1000に近い数残っており、今も撤退戦のために団長と一部の者は殿しんがりとして残っている、と前線からその後撤退してきた他の騎士から伝えられた。



「…トーマ様。」


騎士の報告を共に聞いていたマールさんがどこか申し訳なさそうにしつつも、覚悟を決めた目でこちらを向く。



「酷なお話かもしれません。 ですが私達は皆様方に縋るしか街を、市民を救う方法がありません。 どうかお力をお貸しいただけませんでしょうか…?」


ダメ元の、でも何処か期待した声で。両手を胸の位置で組み、目を瞑り神に祈りを捧げるような、そんな姿勢で俺達に依頼をするマールさん。


撤退戦が始まっている戦場をひっくり返す為に赴くのだ、マールさんも死にに行け、と言っているのを自覚していつつも、もしかしたらと期待も相まって俺たちに持ちかけているのだろう。



「…みんn

「ったり前っスよ! 任しといてください!」


「やっと見せ場キター! 配信準備しなきゃ!」


「私は後方支援に徹しますね、ふぁいおですよ!先輩!」


「…やろ?」


聞かずとも俺達の意思は同じであった。

少し緊張感がないような気もするがこれでいい。



「…て事で俺達に任せてくれマールさん、 なんとかしてみるよ。」



ちょっと暴れてこようか。

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