第7話 いざAVO2へ。
この1週間ほんっっっとうに辛かった。
途中心優しい後輩のお陰で気を持ち直すことができたがそのブーストもすぐ効果切れ、どよどよとした空気の中タスクをこなす毎日だった。
だが!
それも!!
今日までの話!!!
日程調整を存分にし、今日のタスクはもうすでに終わらせている。なんなら明日予定分の仕事も完了するほどの熱量だった。
AVO禁から晴れての今日。
たかが1週間されど1週間。リリースされてから3年立ち止まらずただひたすらに打ち込んだ習慣なのである。中毒になるのも禁断症状になるのも、そしてハイになるのも仕方ない話だ。
メンテ明けまであと5分。
神事に向かう神官のような、またはこれから人生を左右するセンター試験の開始を待つ受験生のような、そんな緊張感の漂う空気の中、刻一刻と進む5分とは思えない5分をスマホに映る時計を睨みながら待った。
00分。
ヘッドギアを装備して即座に起動する。
ただいま。俺のAVO。
『Another verse onlineへようこそ。』
懐かしい。3年前もこうして迎えられた気がする。声に人間味が増したような…気のせいか。
『貴方が生を送る、もう一つの世界での魂を形作ってください。』
運営からの個別メールで過去のキャラに対するあれこれはもう済んでいる。
愛着がなかったと言えば嘘になるが、かといって新しい世界に対するワクワクを抑え切れるわけもない。あの世界に残っても1人で終焉龍を狩るだけなのだ。俺だけ残されるわけにはいかない。
目の前に広がる半透明なウィンドウには5つの種族。
悩むまでもなく人間族だ。3年を共にした種族。新しいものを試してみようかとも思ったけどこればっかりは変わらない。
それに何となくだけど人の身で龍を狩る、ってなんかカッコいい。そんな浅い理由で深い意味はない。
それにアカウント転生ボーナスとして多少の資金を配布してもらえているらしい。ワープポータルも実装されているという話だからスタート地点が気に食わなければ日照を連れて移動してみるのもありだろう。2人分移動できる額を貰っていると願う。
『これ以降他種族への変更はできませんが【人間族】でよろしかったですか?』
「もちろん。」
アプデ前の世界と新しい世界とで差を感じるのも楽しいだろう。どんな選択を取るかでストーリーも変わるしまだまだ遊び尽くせていないのだ。憎いぞAVO。
『人間族ですね、設定いたしました。続いて貴方の魂の器を生成してください。』
アバター作成。【ヨミ】に近づけても良いが転生前に関わっていた人にすぐバレるというのも癪だ。それに合わせもうひとつの理由も相まって前のアバターからは少し変えたほうがいいだろう。
因みに【ヨミ】は黒髪金眼だった。
今回は〜…白髪の少し赤みがかった黒眼にしようかな。あまり赤を強くし過ぎるとうさぎみたいになってしまうから本当にほんのりと、だ。
アシスト機能が付いたと聞くが甘えるつもりはない。これは最後まで戦い抜いたプライドによるものだ。よって身長も変えない。今後のプレイでアシスト機能を呼ぶことはないんじゃないかな。
『最後に貴方の魂に名を刻んでください。』
「ヨミは使えないしな…」
読真のネーミングセンスはここまでで察せる通り少し中学2年生思考に引っ張られている。男の子だもの。かっこいいもんはかっこいいじゃん。中学2年の読真が自分の名前から
「日照もいるしな…安牌取るか。」
可もなく不可もなく、安牌の【トーマ】と名付けた。こういう時は下手にひねらない方がいいのだ。この25年で嫌というほど
『これより人間族の拠点へと導きます。困ったことがありましたら、アシストをお呼びk…
終焉の因子を確認いたしました。これより特別導入を開始いたします。』
「ここから、って話ね。1時間で終わると良いけど…。」
どこかから響く人間を模倣したような、どこかこちらの技量を図るような声に身を誘われ、視界は暗く沈んでいく。
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「なるほどなぁ〜。」
視界が確保できるようになり周囲を見渡す。
そこに広がるのは石畳、噴水、建物と中世ヨーロッパじみた外観の馴染みのある街並みだった。
「この辺は変わってないんだな…?」
残っていた記憶と差がないか伺いつつ周囲を確認する。
多くの人間族が目の前にある光と会話していた。あれがアシスト機能だろうか?会話もできるんだなあ〜
呼んだ時点で負けな気がしてしまうので俺は呼ばない。プライド君肩幅広いです。
コンテンツを遊び尽くしたら呼んでみるのもいいかもしれないなと思いつつ、視界端UIのフレンド機能にアイコンがついている事に気づく。
メールボックス 新着3件である。
1件目
運営からだ。プレゼントも添付されている事から転生ボーナスってやつだろう。
少なくない資金を受け取る。確かに程よい金額だ。世界観を破壊しかねる額というわけでもなく、かといってスタートに不便するほど少額でもない。大体初心者クエストを20回ほど回せば届く額だろう。
こういうMMOではスタートダッシュが肝心である。狩場や専用クエストなど、早い者勝ちな世界なのだ。効率の良さ、という点で後続が得をする場合もあるが初回クリアは馬鹿にできない要素だ。報酬も美味いが自己肯定感がアガる。ゲーマーとは競いたい生き物なのだ。
そして2件目
早速日照らしき人物からメールが来ていた。プレイヤーネームは【ハル】、分かりやすくてとても助かる。早速承認〜と。
顔を合わせずともフレンド申請ができる事に感慨深くなっていると、承認して早速と言わんばかりにチャットが届いた。
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ハル:先輩であってますか?
トーマ:うん、合ってるよ
トーマ:分かりやすい名前で助かったよ
ハル:それは先輩もじゃないですかー?
ハル:思わず笑っちゃいましたもん笑
トーマ:恥ずかしいからやめてくれ…
トーマ:それはそうと準備はいいのか?
ハル:はい!大丈夫です!
ハル:どこに集まりましょうか…?
トーマ:人が多いから少し離れた所にしようか
トーマ:【マップポイント】
トーマ:これで分かるかな
ハル:分かりました!向かいますね!
ハル:ちょっとだけ待っててください!
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ひとまず人混みを避けて集合したほうがいいだろう、と少し外れの箇所をウェイポイントで送る。
そして3件目
【ウカ】という人物からフレンド申請が届いていた。…いや誰?全く記憶にない。アプデ前の知り合いだろうか?とりあえず承認してみる。
変な人だったら後からブロックしちゃえば良いのだ。現代の人付き合いは承認1発ブロック1発で壁を壊せも作れもする。簡単になったがそれ故にある意味難しくなったんじゃないかな。
承認して一息つく間も無く、チャットが飛んでくる。
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ウカ:ん、やっときた。遅い。
トーマ:えーっと、?どなた様?
ウカ:ヨミひどい。私のこと忘れた?
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ヨミ。確かにそう呼ぶ彼女は間違いなく知り合いだろう。否定できる材料がない。
そしてこの喋り方、身に覚えがあった。彼女は確かフレンドを作りたがっていなかった気がしたんだが…どういう気の迷いだろう。
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トーマ:もしかしてタマか?
ウカ:うん、そう。
ウカ:覚えててくれたからさっきのは許したげる。
トーマ:なんで俺がヨミだって分かったんだ?
トーマ:そもそもどうやってこのアカウントを?
ウカ:トーマ質問多い…
ウカ:そっち行くからウェイポちょうだい。
トーマ:話したいのは山々なんだがこの後人と会うんだよ…
トーマ:今度でも良いか?
ウカ:アプデ前のツケ、忘れた?
トーマ:【マップポイント】
トーマ:すいませんでした。
ウカ:許す。
ウカ:待ってて。
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終焉龍を狩る上でかなりお世話になった。ソロ討伐も簡単ではないので本当に本当にお世話になっており、頭が上がるわけもない。
しょーがないので待ち合わせの場所で待つ事にする。ハルになんで説明すれば…?
「ん、…待った?」
「いーや全然?むしろ速かった…な…!?」
背後から話しかけてくる聞き馴染んだ声に応えながら振り返ると、そこには【ウカ】というネームプレートと共に、ふわふわの、ピンと立った猫耳があった。
視点を落とす。
そこには猫耳をぴこぴこと動かししっぽを軽く左右に振っている、どこか見覚えのある少女が立っていた。
獣人だ。
アップデートで実装されたプレイヤブル種族の一つ。直感や身体能力に長ける代わりに魔法関係に疎い、とは事前情報に書いてあった。
猫モチーフなんだろうが髭は生えていない。
キラキラと輝くような、太陽のようなオレンジ色の猫耳付きのショートカットと、どこか眠そうな垂れ目、程よい長さの尻尾が目立った。
めちゃくちゃ視線が集まっている。
素材が良い為仕方のない事か、と納得しかけそうじゃないと思考が働く。
獣人だ。
人間族のスタート地点に早速獣人族が足を運んでいるのだ。
このゲームをよく知らないものでもこのタイミングで他の種族がいるという事は転生組だと察しがつくだろう。視線を集めるのも頷けるというものである。
「わざわざ会いにきてくれたのか?」
「ん。ぶい」
表情変わらずピースサインしてくる猫。
昔から感情わかんないんだよなあ…
「獣人族のストーリーは良いのか?まだ始まったばかりだろ?」
「だいじょぶ。人間族と関わるストーリーにするから。」
「どうやって俺だって分かったんだ?」
「転生組特典。どうせヨミもあっち組でしょ?」
あ〜なるほど。なら理解できるか。
「そっちも選ばれたのか?」
「ん、私も頑張ってた。これからもよろしくね?ヨミ」
「というか今の俺はトーマだ。気をつけてくれよな?」
「ん、ごめんトーマ。私もウカって呼んで、?」
「分かったよ。よろしくなウカ」
「ん、よろしく」
ちょっと笑った気がするけど気のせいか?差が間違い探しレベルだ。ノンデリ読真君には難しいです…
「そ、そ、そ、、その女の人誰ですか!?」
話もそこそこに元々待ち合わせていた本人が到着する。なんだが話が拗れそうな予感がするなぁ…
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