第24話 木更波多

「さっきは馴れ馴れしい態度を取っちゃってすみません。俺はナツメグって言います、よろしくお願いします木更さん。」


 ナンパ男を追い払うためとは言え、馴れ馴れしさ全開だったことは謝らないといけない。そのことについて頭を下げると木更さんはフルフルと首を横に振り、俺と同じように頭を下げてきた。


 ……今思えば最初のフレンドのくだり要らなくね?最初からブロックすればいいよと教えてあげれば良かっただけでは?というか木更さん俺が声掛けなくても普通にブロックしたのでは?これじゃただ単純に余計なお世話をしただけの勘違い野郎なのでは?


 俺の脳内では先ほどの自分の行動についての反省会が行われていた。脳内会議幹部による話し合いの結果俺のした行動は余計なお世話であり、逆に木更さんを困らせるものであったという結論が下される。今振り返っても俺の行動はとても痛々しい物であり、人助けの皮を被った自己満足にすぎない。あぁ……少し前に戻りたい、見て見ぬふりをすれば良かった……。


「それじゃあ俺はこの辺りで失礼しますね、余計なことしてすみませんでした」


 余計なお世話をしてしまったことへの申し訳なさと罪悪感から俺はすぐさまこの場を立ち去る判断をした。この場に居続ければきっと木更さんは俺に恩に似た何かを感じてしまう。何か会話が始まる前にこの場を去ることで彼女は俺に対して何かを考えることは無くなるだろう。うむ、我ながら天才的発想!それじゃあ実行するのみだ!


 木更さんに背を向け、俺は元来た道を戻る。パブリックでお友達を作れと言うマルからのお達しだが、努力はしたとだけ伝えておこう。まぁこんなことがあったらあいつも多少なりとも温情はくれるだろう。


「……えーと、木更さん?」


 このまま無かったことにする作戦を実行した矢先、この作戦は頓挫することになる。なんと木更さんが先回りし、アリクイの威嚇ポーズのように大きく手を広げ通せんぼしてきたのである。


「ちょっとそこを通していただけると助かるのですが……」


 俺の言葉に木更さんは首をフルフルと振り、メニュー画面をいじり始める。他人のメニュー画面を見ることは出来ないが、手の動きだけで今メニューで何かをしているのが分かるようになったのは成長だなと感じました(小並感)。


 それから少しして俺の画面には「木更さんからフレンド申請が届きました」という通知が表示される。どうやら俺の判断はほんの少し遅かったらしい。


「いや、本当にただ余計なことをしただけなんで……」


 そう言うと彼女は手で大きなバツ印を作り、俺の顔に近づけてくる。俺に対して恩を感じる必要は全くないのに……いや感じさせちゃった事自体が良くないことだとは思うんだけどね?まぁでもこのまま無視するのは良くないしな……。


 俺はひとまず彼女のフレンド申請を受け取る。すると木更と書かれたネームプレートが黄色くなり、彼女は作っていたばってんを丸に変えにこりと笑みを浮かべる。そしてまた先ほどと同じようにメニュー画面をいじり始めると、次はゆっくりできそうなワールドへ行けるポータルを設置した。


「あの……分かりました」


 「別にお礼みたいなの要らないんで」そう言葉を紡ごうとしたが、ポータルを指さし必死に入るよう促してくる彼女の圧に屈した俺は言おうと思っていた言葉とは反対の言葉を口にする。なんでこう俺は押しに弱いんだ……。





 やって来たのは壁、床、そして天井がピンク一色に包まれた部屋。そしてベッドやカーテン、その他家具もピンクやそれに会う淡い色で作られており、可愛いが至る所に散りばめられている。一言で言うなら男の子が想像する女子の部屋だ。


 ゆっくりできそうとか思ってたけど……逆に落ち着かないなこれは。


 女の子の部屋に入ったことの無いことがある歴=彼女いない歴=年齢の俺、VRで初めて女の子の部屋に入る。人生で一度も体験したことの無い事もすぐに体験できる、それがVRT。それはそれとしてなんか悲しい気持ちになりました。


 木更さんはワールドに設置されているペンを持ってきて俺の隣へやって来る。そしてすらすらと手を動かし俺の目の前に丸みを帯びた可愛い文字を書いていく。なんとこのVR空間では紙がなくとも空間に文字を書くことが出来るのだ。VRのちからってすげー!


『さっきはありがとうございました!すごく怖かったのでとても助かりました!』


「そんな大したことしてないから気にしないでください。ただちょっと声を掛けただけなんで……」


 そう書き、ぺこりと頭を下げる木更さんに俺は気にしないで欲しいと言葉を返す。すると木更さんはフルフルと首を振り、再びペンを動かし始める。


『パニックになっててブロックの事忘れてたので、すごくありがたかったです!ナツメグさんのおかげです!』


「そう……なんですね……助けになったみたいで良かったです」


 余計なお世話だと思っていたがどうやら助けになっていたらしい。彼女の言葉を見て俺はそっと胸を撫で下ろす。今回は人助けになった見たいだけどこれからは余計なことをしないように気を付けないとなぁ……VRT《こっち》だと声を掛けるハードルが下がるからより注意しないとだ。


『改めまして私は木更波多きさらはたです。お好きなようにお呼びください!』


「ナツメグです、気軽にナツって呼んでください。よろしくお願いします木更さん」


『こちらこそよろしくお願いしますナツさん!ビギナー同士仲良くしましょう!』


 そういえばさっきは必至で気が付かなかったけど木更さんも俺と同じビギナーなんだ。ということは最近始めたのかな……?なんか一緒の時期に始めた人って妙に親近感湧くよね。


「木更さんは最近始めたんですか?」


『私は3週間前に始めました!』


「へ~じゃあ俺よりちょっと先輩なんですね。自分は2週間前に始めてつい最近ビギナーになったんですよ」


『そうなんですね!私も2日前になったばっかりです!お揃いですね!』


「ん……?木更さんも最近ビギナーになったんですか?」


 俺は木更さんの言葉に疑問を抱く。俺より先にVRTを始めたのであれば俺より1週間は早くビギナーになってもおかしくはない。一体どういう事だってばよ?


『このゲームってプレイ時間とフレンドの数でランク上がるらしいんですけど』


「うんうん」


『私フレンドさん出来なかったんですよね……』


「すぅ…あー……」


 やばい、超気まずい。こういう時になんて声を掛ければいいか全く分からない。でも分かる、分かるよその気持ち。俺も未だにどうやってフレンドを作れば良いのか全く分からないもん。パブリックで人に話しかけて仲良くなれる自信皆無だもん。


『だから今日フレンドが出来てとても嬉しいです』


「へ……あーなんかごめんね?最初のフレンドが俺みたいなやつで」


 木更さんの言葉に俺はとてつもない申し訳なさを抱く。最初のフレンドというのは記憶に残りやすいと思うのにまさか俺みたいなやつがなってしまうとは……。


『そんなことないです!とても嬉しいです!』


「……そう言って貰えるとありがたいです」


 彼女のまっ直ぐな言葉をそっと受け流す。なってしまったものはしょうがないし、彼女に不快な思いをさせないように気を付けよう。


 その後俺と木更さんは互いの時間が許すまで二人でのんびりと他愛のない会話を繰り返した。

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