第23話 ナンパ
「ごめんなさい、ごめんなさい!私のせいでこんな……ごめんなさい!」
「特に怪我とかしてないんで……そんなに謝らなくても大丈夫っすよ」
……すごいちぐはぐな子だな。普通こういう見た目の人って「あ、ごめ~ん!怪我とかない?」って感じで謝ってきて「なんだこいつ」って思ってたら「でも私に跨られたからむしろお得だよね!きゃぴ!」みたいな言葉を言い放つと思っていたのだが……あれか、ラノベの読み過ぎか。
自分がラノベを読みこういう展開に対する知識がかなり偏ったものだという事実が判明したが、それはそれとして彼女のこの謝り方はかなり特殊なものだとは思う。ゆるふわな見た目から放たれる同類のそれに違和感を感じざるを得ない。
「とりあえずノート拾いますか」
「ぶつかったのに手伝ってもらうなんて……本当にごめんなさい……」
自分も誰かに迷惑をかけた時はこんな感じになってるのか……これでもかと謝られると鬱陶しいって訳じゃないけどなんかもう謝らなくても良いんだよ?って言う申し訳なさに近い気持ちが湧いてくるんだな。俺も誰かに迷惑かけた時は言動に気を付けるようにしよ。
見事に散乱したノートを拾った俺は先ほどの事故が起きたら危ないなと思い、職員室まで運ぶのを手伝う事を申し出た。が、
「め、迷惑だと思うので大丈夫です!お気持ちだけでも十分嬉しいので……本当にごめんなさい!」
丁重にお断りされました。なんか告白してないのに振られた気分がして精神的なダメージを受けました。この子は物理だけじゃなく精神攻撃も得意だったか……。
「あー……そうっすよね、こっちこそ変に声掛けちゃってごめん。それじゃあこれで」
俺は居た堪れなさと恥ずかしさを抱えたまま屋上へと戻るのであった。まさか背中を痛めるだけじゃなくて心も痛めるとは……何とも憂鬱なお昼休みなこと……。
「優しい人だったな……でも振舞い方には気を付けないとなぁ……」
悠と別れた少女はノートを両手に抱えたまま誰にも聞こえないような声でぽつりと呟く。
「事故とはいえ男の子と密着するなんて……ドキドキした」
階段から落ちそうになったからというのもあるだろうが、私の心臓は男の子の上に跨ってしまったことに対してドクンドクンと早鐘を打っていた。男の子と話すというのは何回もあるがあそこまで距離を詰められたことは無い。
「あっ……名前聞きそびれちゃった……でも同じ1年生の子だった」
この学校は靴に入っている模様の色で学年が分かる。彼の靴の模様は赤色、私と同じ色だったので同じく1年生だと分かる。
「今度顔を合わせた時にちゃんとお礼しないとな……んんっしつれいしまーす1年4組の
職員室にたどり着いた私は独り言を漏らしていた時とは違う、とても陽気な声を出し職員室の扉を開けた。
「……さて、どうしたものかなぁ」
VRTにログインした俺は今日の予定について頭を悩ませていた。今日のお昼休みにパブリックに行けとマルに怒られ、放課後にまた今日はパブリックに行って新しい友達を作るよう念押しをされてしまった。あそこまで強く言われてしまったら断るに断れないし、どうせ明日辺りにでもパブリックに行ったかどうか確認され、行ってないと分かったら強制連行されるのは目に見えている。
「……行くかぁ、パブリック」
後ろにマルという名の保護者が控えている状態でパブリックに行くのは流石に恥ずかしい。これでお友達が出来たとしてもきっと居た堪れない気持ちを抱えたままそのフレンドさんと過ごすことになるだろう。だったら一人でお友達を作った方が良いだろう……まぁ出来るかどうか分かんないんですけどね!
「なんかすごい久しぶりな感じするなぁ」
俺はひとまずTFJに足を運んだ。他の交流用のワールドに行くのもありだったのだが、やはり行ったことのあるワールドの方がハードルが低く感じられた。TFJなら親切な人も多いだろうし……きっとなんとかなるだろう。
入口に設置されている問題をすらすらと解いた俺は見慣れたと言っても過言ではない光景を目にする。しかし一番初めに来た時とは異なり、目に見える範囲だけでも既に8人ほどのプレイヤーが会話をしたり、広告を見たり、イベントカレンダーを眺めたりしていた。
さて、適当に広告を眺めている人に声を掛けるか……なんてことが出来たら苦労はしないんだよなぁ。俺もう既に人の少ないところに行きたいんですけど、あの3、4人で話しているグループには絶対に近づきたくないんですけど。
広告の前に集まり、ワイワイと楽しそうに雑談を繰り広げる人達。無いとは思うがあの人たちが声を掛けてきたら絶対に「あっ…あっ…」と言葉が詰まる自信がある。だからと言って一人でぽつんと立っている人に話しかけられるかと言われるとノーコメントでという返事が返ってくる。うーん……パブリックには行ったしもう帰ってもよろしいか?
とは言え何の成果も得られずに引き返すのは良くないと思った俺は、タチさんと出会った場所であるアバター説明の所に足を動かした。
「君可愛いね、一人?今暇?落ち着いた場所知ってるんだけどもし良かったら俺と一緒にそこ行ってみない?」
うっわぁ……なんかやばいの居るんだけど……。
目に映ったのは茶髪の男性が四つん這いになり、黒を基調としたゴスロリ衣装に身を包んだ黒髪黒目の少女の顔に顔を近づけている異様な光景。これがVRTの闇の部分……タチさんも言ってたけどこっちの世界にもナンパみたいなのはあるんだな。
現実世界では一発アウトな距離の詰め方をするDNという名前の男性アバターのプレイヤーに木更という名前の少女は首をふるふると横に振り、否定の意を示す。どうやら木更さんは無言勢なのか手や首を横に振り、必死に断ろうとしている。
「え~いいじゃん、
しかしナンパ男がこんなことでブレーキを踏むことは無く、むしろどんどんアクセルをべた踏みし勢いを増していく。無言勢は無言勢なりの良さがあるのだろうが、今は少しだけ弱い部分が出てしまっている。
このまま見て見ぬふりをするって言うのもなぁ……やべ、目合っちゃった。
このまま知らぬ存ぜぬままでいるのは良くないと思っていた所で木更さんとバッチリ目が合ってしまう。面倒な気持ちや自分なんかが何か行動を起こすのはとても怖いがもうこうなってしまったら動くしかない。
「すみません、うちのフレンドさんにしつこく迫るのやめてもらっても良いですか?」
「……あ?木更ちゃんのフレンド?」
ナンパ男は現実世界よろしくとても柄の悪い態度でこちらに視線を送る。
「その子あんまり人と話すの得意じゃないんで怖がらせないでって言ってんだよ。ほら木更、行くよ」
木更さんは俺に合わせてくれたのかこくんと頷き俺の隣に移動する。
「今すぐこの人の事ブロックして、そうすれば大丈夫だから」
俺は隣にやって来た木更さんにこっそり耳打ちをする。この世界は現実世界とは違う、しつこいナンパもブロックボタン一つで自分の世界から消える。まさかVRTを始めてそんなに経っていないのにブロック機能を使うことになるとはね……。
俺も目の前にいるナンパ男をブロックする。すると先ほどまで鬱陶しく感じられた顔は見えなく、声は聞こえなくなる。このTFJで学んだ自己防衛の技術が役に立ちました、説明をちゃんと読んでおいてよかった。
「……ブロックできました?」
俺は先ほどの口調から一転し丁寧な言葉づかいで木更さんに確認を取る。どうやらちゃんとブロック出来たらしくうんうんと大きく頷いてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます