第22話 ちぐはぐ

「ナツ、俺はお前が心配だ」


「……いきなりどうしたんだよマル。別に心配されるようなことをした覚えはないんだが?」


 ある日のお昼休み、俺は唐突に親友からお前のことが心配だと何の前触れもなく伝えられる。しかし急にそんなことを言われても心当たりは全くないし、逆にマルの方が心配になるレベルで意味が分からない。


「ほう……お前は心当たりがないと言うのか?」


「全くない。ヒナ、俺には手に負えないから何とかしてくれない?彼氏でしょ?」


「そういうナツは親友でしょ?僕とマー君が苺だからって何でもかんでも押し付けるのは良くないと思うな」


「ヒナの言う通りだ。今はお前に話がある」


 カウンター不可能な口撃が飛来し、俺の顔に直撃する。そんな可愛い見た目して言う事はとてつもない正論とか……ギャップがすごいよギャップが。


「はぁ……とりあえず話を聞こうじゃないか」


「何で上から目線なんだよ。……まぁこの際どうでもいい」


 マルは「んんっ」と喉の調子を整え、俺の目をまっ直ぐと捉える。


「ナツ、お前はもう少し人と交流するべきだ」


「……はい?」


 全く予想していなかった言葉に俺は素っ頓狂な声を上げる。お前が心配だという発言からまさかもっと人とのコミュニケーションを取れという所に繋がることがあるのか……。というかどういう事?


「ナツ、ここ最近のお前の行動を振り返ってみろ」


「ここ最近の出来事……特に何事もなく平凡な日常を送ってるけど?」


「……高校が始まって俺とヒナ以外の人と交流を持ったか?VRTを始めて俺とヒナ、そしておたちさん意外の誰かと話をしたか?」


「……」


 最近の記憶を頭の中で再生していく。VRTを始めタチと出会ったこと、高校が始まりマルとまた一緒のクラスになったこと、マルと付き合っているヒナ……日向と友人になり共に行動する時間が増えたこと。そしてマルが指摘した人物以外の人との交流がほとんどないこと。


「その顔、図星だな」


「い、いや!ちゃんとクラスの人とも話は──────」


「どうせ連絡事項を伝えた伝えられたか授業の話し合いの時間に話をしたのどちらかだろ」


 何故ばれたし。もしかしたら俺がマルのいないところで誰かと仲良くなっている可能性だってあるだろ……いやないんですけどね。


「はぁ……お前はもう少し友達を増やせ。学校でもVRTでもいいからとりあえず俺ら以外の人と交流しろ。クラスの人に話しかけるかパブリックに行け、分かったな?」


「……善処する。それとちょっと飲み物買ってくるわ」


 俺はマルに短く言葉を返し屋上を後にする。別に逃げた訳じゃないんだからね!本当に飲み物が無くなって困っただけだからね!


「逃げたなあいつ」


「あはは……」






「余計なお世話……じゃないのは分かってるんだけど俺に人と交流を持てって言うのは大分難しいお話なんだよなぁ」


 自動販売機で飲み物を買い、屋上へと戻る途中俺はぼそりと愚痴に似た何かを溢す。別にマルに対して何かネガティブな感情を持っているというわけではない。マルは俺のためを思って発言していることは重々承知している。


「分かってはいるんだけどねぇ……」


 頭で理解はできる。マルの言っていること、言わんとしていることはしっかり咀嚼し飲み込むことは出来ている。ただ飲み込むことは出来たとしても消化し、それを実行することが出来ない。面倒くさいという感情も幾ばくかはあるがそれとはまた別の何かが自分にブレーキをかけているのだ。


 ふと頭をよぎったのは中学時代の自分。あまりにも子供だった頃の自分、現実というものを理解していなかった自分。何とも愚かで、惨めだったあの頃の自分。そして次に映し出されるのは今の自分を生み出したあの──────


「きゃっ!?」


「ってあぶっ!?」


 いやな記憶を思い出し、俯き気味に階段を上っていた俺の頭上から甲高い声が聞こえる。危機感の籠ったその声に俺は急いで顔を上げると自分の視界には薄い冊子の束とベージュ色のカーディガンが映る。


「ゴッ!?」


 直後、ノートらしきものが俺の鼻に直撃する。予想外の衝撃に俺はまるで豚のような鳴き声を上げ、痛みに悶える。そして鼻の痛みの次は自分の胴体に衝撃が走る。かなりの重みが身体に伝わり俺はバランスを崩す。これが運動神経が良くてガタイの良い男なら立ったままこの衝撃に耐えることが出来たのだろうが残念ながら俺は運動神経が悪いヒョロガリのため、衝撃に耐え切れずそのまま床に倒れこむことになる。


 背中に痛みが走る。そしてその痛みは体全体へと走り、叫ぶのが億劫になる程に体と頭が揺らされる。幸いなことに受け身のような姿勢を無意識のうちに取れていたため頭を床に打ち付けることは無かった。ただそれはそれとして体がとても痛い。特に背中。


「ってて……ってごめんなさい!?大丈夫ですか!?」


「大丈夫です……多分」


「ご、ごごごめんなさい!ごめんなさい!」


 予想外の出来事が起きても自分よりも慌てている人がいると冷静になれるという言葉をどこかで聞いたことがあるが、その言葉は本当らしい。上からノートと女の子が降ってきたというのに俺の頭は至って冷静だった。


「頭打ったりしてないですよね?保健室に……いや救急車呼んだ方が良いですか!?」


「あの……大丈夫なんで、とりあえず降りてもらう事って出来ますか?」


「へ……あ、すみません!重かったですよね!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 そうお願いすると俺の上に跨っていた少女は慌てた様子で俺の上から離れてくれる。


 何だろう……すごい違和感というか何というか……ちぐはぐな感じがするなぁ。


 目の前で頭を下げる少女に俺はそんな印象を抱く。なぜこんな印象を抱いているのか、それは彼女の容姿と言動が全く一致していないからである。


 礼儀が正しい……正しすぎるほどの謝罪と自分の自信の無さが垣間見えるような喋り方。言い方はあれだがこのような喋り方は自分と似たような人がする喋り方だ。しかし、彼女の見た目は俺のそれとは違う。背中まで伸びたふわふわとしたミルクティー色の髪に、丈の短いスカートに派手過ぎないが自分の魅力を最大限にまで高めるメイクの技術。彼女の見た目は──────


 完全にギャルのそれなのである。

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