第21話 身バレ
はぁ……早く帰りたいなぁ……。
ただ教科書の内容を読み進めていく退屈な授業を聞き流しながら、私は多くの生徒が思っているであろうことを頭に思い浮かべる。今すぐにでも帰って遊びたい、家でのんびりとしたい。部活が大好きな人間以外のほとんどの生徒はそう思っていることだろう。
早く帰りたい……そしてVRTでナツに色々と意地悪をしてみたい…!
昨日何気なくナツのいるワールドに遊びに行った時の事である。ナツはVRTを始めたての人であり、さらにパブリックにも中々行かないことからなでなでの文化についてよく知らなかったらしい。
人生初のなでなで……あの時のナツの反応と言ったら……ふふふ、可愛かったなぁ。
びくりと体を震わせ、今までに聞いたことのない少し情けなさを感じさせる声に私の嗜虐心は水を得た魚の様に生き生きとし始めた。もっと撫でたい、ナツを長時間撫でてぐずぐずにさせたいという感情が沸々と湧いてきたのだ。
昨日はヒナとマルがいたからあんまり撫でなかったけど……今度二人きりになった時にたくさん撫でてみよう。きっといい反応が見られるだろうなぁ。
私もV感がない訳ではない。しかしナツのV感は私のそれより何十倍も敏感だ。いくら私がなでなで用のシェーダーを入れているのもあるとはいえ、あの反応はV感がすごくないと起きない。あの感じ顔とか頭以外にもありそうだし……今度検査って言ってV感がどれくらいあるのか調べてみるのもありだなぁ。
どのようにしてナツを撫でるか、ナツが一体どんな反応をするのかを妄想しながら先生の呟く呪文を聞き流し続けた伊織は今日一日があっという間に過ぎ去っていくのだった。なお今日もナツ……悠には話しかけることは出来なかったのでした。
あっ……そういえば今日は部活の日だった。早く帰りたい気持ちはあるけど……せっかく入部したから行かないとだなぁ。
私は家庭部に入部した。帰宅部でいるとクラスメイトからの勧誘がうるさくなると考えた私はとりあえず家庭部に入った。この家庭部は嬉しいことに週に1回しか活動が無く、さらに活動も自由参加で良いというかなり緩い部活動だ。それに所属している人もほとんどが女の子らしいし、変ないざこざに巻き込まれることも無いだろう。
それに料理も得意と言えば得意だし、指示された作業をして作ったご飯やお菓子を食べれば活動は終わる。何と素晴らしい部活動なのだろうか。
「はい、じゃあみんな集まったみたいだし今日の活動を始めたいと思います。って言っても今日は新入生歓迎会という事で簡単な自己紹介と説明をしてお菓子を食べながら雑談をするだけです!」
部長の開始の挨拶と共に活動が始まる。今日は先ほどの説明にも会った通り自己紹介をしてお菓子を食べるだけらしい。なんて楽な部活なんだ……。雑談って言っても私はただ人の話に相槌を打つだけで良いからより楽ね。
「それじゃあ次の子!自己紹介!」
「はい、如月日向です!よく間違われますが僕は男です、よろしくお願いします」
「君が噂のおとこの娘か……よろしくね日向君」
「よろしくお願いします部長」
「……ねぇ副部長、あの子持ち帰っちゃ駄目?」
「駄目に決まってるでしょ」
ひ、ヒナとおんなじ部活だぁ……。
私は周りの女子が可愛い可愛いと騒ぎ立てる中、ヒナと一緒の部活になれたことの喜びを感じていた。隣の席にはナツがいて家庭部にはヒナがいる……これはもう単なる偶然ではなく運命と呼んでも差し支えないないだろう。すごい確率だなぁ……。
「それじゃあ次の人!」
「橘伊織です、よろしくお願いします」
「あらかわいい。よろしくお願いしますね橘さん」
「部長心の声漏れてますよ」
簡単な挨拶をし、頭を下げる。余計なことは何一つ言わない、これがトラブルを回避するための第一歩なのだ。
「それじゃあ次は──────」
とんとん拍子で自己紹介を進め、それが終わると家庭部についての細かい説明や注意点などを説明してくれた。と言っても内容はかなりシンプルなもので特に難しい内容は無かった。
ざっくり言うと週に1回活動があるよ、もしかしたら材料持ってきてもう事になる日があるかも、文化祭は忙しくなるかも、安全に料理をしようねという内容だ。それ以外は基本的にはゆるゆるらしい。こんなことを言うのはあれだが部長のあの感じからして大分緩い部活なことは伝わってくる。
「ほい、それじゃあお待ちかねのパーティーの時間だぁ!今日はたくさん飲んでたくさん食べてってくれよな!それじゃあかんぱーい!!」
「「かんぱーい」」
テンションの高い部長の音頭によって新入生歓迎パーティーが始まる。各々がお菓子を摘まみ、飲み物を飲みながらただ雑談するだけだが、この部活のほとんどは女子生徒で構成されている。つまりどういう事が起こるかと言うと──────
「この前出来たカフェ行った?あそこめっちゃ映えるからちょーおすすめ」
「え、今度行こうよ~」
「え、いくいく~」
……テンション高いなぁ。周りで展開されるTHE女子高生な会話に私は付いていくことが出来ず、ただ彼女たちの会話を聞きニコニコと笑顔を浮かべるだけのただの背景と化していた。楽しくないわけではないんだけど……あんまり居心地が良いとは言い切れないなぁ。
「橘さん、隣座っても良い?」
「ひ……如月さん、もちろん良いですよ」
危ない!普通にヒナって呼ぶとこだった!現実世界こっちだと私たちは今日初めて会話するんだから言葉遣いには気を付けないと……。
「ありがとう!こうやって話すのは初めてだけど多分僕のことは知ってる…よね?」
「そうね、ナツ…目君と仲が良いのね如月君は」
「うん、ナツ…じゃなくて夏目君と後丸山君とはすごく仲良いんだ」
普段ナツとマー君呼びだからすごく言いづらそうだなぁ……でもちょっと新鮮でいいかも。
必死に呼び方を矯正しているヒナを見て私は心の中でニコニコ笑顔を浮かべる。大丈夫、内心にやにやしてるだけでちゃんと緩まない様ほっぺは引き締めてるから。
「最近は無いけど最初の方は煩くしちゃってごめんね?」
手を合わせ、そして上目遣いでこちらの顔を覗き込んでくるヒナに私は漏れ出そうになる声を何とか抑え込む。何この可愛い生き物、ちょっと頭撫でてもいいかな!?
「大丈夫、h…如月君達の会話は聞いてて面白いから」
「えっ……そ、そうなんだ。なら良かった」
あれ……私何かおかしなこと言ったかな……。
ヒナの反応を見て私は頭の中に疑問符を浮かべる。なんでヒナはあんな反応をしたんだろう、別に私おかしなこと言ってな──────
「っ!?!?」
この時私の脳に電流が走る。
そういえば私の隣で行われてる会話の内容って……全部VRTに関することじゃない?その話を聞いて面白いと感じるってことは──────
「ち、違うのヒナ!これはその…そういう事じゃなくて!」
「……もしかしておたち…?」
はっ、ついヒナって呼んじゃったしVRTで話す時みたいな感じで話しちゃった!
そのことに気付き口を塞いだが時すでに遅し、ヒナは私の顔を見て信じられないと言わんばかりに目を大きく見開く。もうこの時点で取り繕おうとしても無駄だろう、どうせ今日もVRTで会うのだ。ここは素直に認めた方が得策だろう。
「……昨日ぶりヒナ」
「わぁ……本当におたちだ……」
両手を口に当て驚きを隠せない様子のヒナに私はとても居た堪れない気持ちになる。意図せず身バレした時ってこんな気持ちになるんだ……お、覚えておこう。
「言い出せなくてごめんねヒナ、
「ううん、全然気にしないで。むしろバレない様にするのが普通だと思うから。……それにしてもすごい確率だね、まさかおたちがおんなじ学校の人だなんて。ちなみにナツとマー君はこのこと……」
「言ってないから知らないと思う」
「そうなんだ、じゃあ皆には内緒にしておくね」
「……ありがとヒナ」
一瞬ヒナの口から皆に伝えてもらった方が良いのではないかという思考が頭をよぎったが、やはり伝えるなら自分の口から伝えたいなと思い、思いついた考えの代わりに感謝の言葉を口に出す。
「ねぇねぇ!もし嫌じゃなかったら連絡先交換しようよ!」
「うん、交換しよ」
「ありがとう、それとこっちでもおたちって呼んでもいい?僕のこともヒナで良いから!ダメかな?」
「良い……よ。でも夏目君達の前では呼ばないでくれると嬉しいな」
「あ……そうだね、じゃあナツとマー君がいない時はおたちって呼ぶね!」
「うん、私もそうする。これからよろしくねヒナ」
「よろしくおたち!」
まさかこんな形で身バレすることになるとは思わなかった……でもこれはこれで良いのでは?もしもの時はヒナの方からナツ達に何かを伝えることもできるし……最初にばれたのがヒナで良かった……かも?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます