第20話 なでなで
「ヒナはいつもかわいいし偉いな~」
「えへへ……」
「……」
拝啓この手紙読んでいるあなたは今どこで何をしているでしょうか。ちなみに僕は親友とその恋人のイチャイチャを目の前で垂れ流しにされています。こんな状況下に放置されている僕は一体どうしたらいいのでしょうか、誰か教えてください。
いつもの様にのんびりと出来る部屋で雑談をしていたのだが、トイレ離席をした間にマルとヒナは二人だけの世界をどんどん広げ、この世界を飲み込もうとしていた。
至近距離で向き合い、優しい手つきで顔の辺りをそっと撫でるマルとそれを受け入れとても嬉しそうに声を漏らすヒナ。すぅー……俺ここからいなくなった方が良いのでは?
「あ、ナツおかえり~」
「おかえり」
「うん……ただいま」
ほんの少し恥ずかしさを滲ませながらマルから距離を取るヒナと、何事も無かったかのようにこちらに手を振るマル。うわぁ……何かすっごい生々しい。今すぐここから出て行ってもよろしいか?
「人のイチャイチャを無言で眺めるとは……趣味が悪いぞナツ」
「そういうお前も人の前でイチャイチャし始めるとか人の気持ちをもっと考えた方が良いぞマル」
「ヒナが可愛いのが悪い」
「はぁ……さいですか」
「あはは……なんかごめんね?」
ヒナに首ったけの親友を見て俺は大きなため息を漏らす。ヒナを前にしたこいつには何言っても無駄らしい。
「というかVRTで撫でてもそんなに意味ないのでは?撫でたりするならリアルの方が良いと思うんだけど」
先ほどの光景で頭に浮かんだ純粋な疑問を口にする。二人は現実世界でも恋人なのだからVRTでイチャイチャするのではなく現実世界でイチャイチャした方が良いのでは?と思ってしまったのだ。
「あぁ……ナツはまだ知らないのか」
「知らないって……何がだよ」
「この世界にはな……撫でという文化があるのだ!」
「……は?」
「そんな怖い声出すなよ……怖がるだろ、俺が」
「お前がかよ」
せめてそこは「ヒナが怖がるだろ」にしてくれ。そしたら普通に90度頭を下げて誠意の籠った謝罪をしたのに。
「でもねナツ、本当に撫でる撫でられる文化は存在するんだよ?」
「そうなんだ……」
「なんでヒナが言うと素直に信じるんだよお前は」
「日頃の行いじゃない?」
「うーん……まぁそれもあるか」
「納得すんのな」
どうやら本当に「撫で」という文化があるらしい。VR上で撫でる……全く想像が出来ない。一体どういう事だってばよ?
「まぁこういうのは実際に体験してみないと分からないものだからなぁ……ヒナ、軽くナツの事撫でてみて」
「うん。じゃあちょっとごめんね?」
「え、ちょ何……っ!?」
自分の画面に美少女の顔が急接近し、俺の心臓がどくりと跳ねる。そしてヒナの手が俺の頬付近を撫でると今までに体験したことの無いような感覚が顔から体全体に走る。撫でられた部分がぞわぞわし、ぴりぴりとした快と不快が入り混じった形容しがたい感覚が頬を撫でる。
「どう?ぞくってした?」
「ふっふっふ……どうだナツ、これが撫でられるというものだ」
「……今までに体験したことの無い何かが顔に来ました」
「ナツはV感あるんだね~」
「V感?」
聞き馴染みのない言葉再び。VRTをやってると知らない言葉が飛び交うからちょっと困る。分からない言葉が飛んでくるたびに質問しないといけないからちょっと申し訳ないんだよなぁ。
「VR感度、通称V感。ざっくり言うと触られてないのに触られた気がする第六感みたいなものだな」
「ほえ~」
「V感は人によってある人と無い人、強い人と弱い人がいるんだ。さっきの反応を見た感じナツは結構V感あるみたいだね」
「そうなのね……喜んで良いのかちょっと複雑な気持ちだわ」
「喜んだ方が良いぞ~。何せあった方が撫でられたときにお得な感じするからな」
「お得」
マルの言葉に俺は首を傾げる。お得って何だ。なんかぞわぞわするし、ぴりぴりとした何かが走るのがお得……?VRT初心者の俺には一体何を言っているのかよく分からないんですがそれは。
「美少女に撫でられる。それだけではなく本当に撫でられたような感じがする。癒しと共にくすぐったさを感じることが出来るんだ。これを一石二鳥と呼ばずして何と呼ぶんだい?」
「離し方おかしくなってるぞマル……」
急にIQが高そうな話し方をし始めたマルに俺は呆れの籠ったじとりとした視線を向ける。こういう時だけ賢くなるの親友としてどうかと思います。
「ちなみに人によってはぞわぞわってする以外にも体温を感じたり匂いを感じたりする人もいるんだって。すごいよね~」
「体温と匂い……?VRで……?」
「ちなみに顔だけじゃなくて手とか足とか色々な所にV感がある人もいればケモ耳とか尻尾にまでV感がある人もいるらしい」
「ケモ耳と尻尾……?」
ヒナとマルから次々に与えられる情報に俺の脳みそは煙と共にぷすぷすと音を立て始める。まるでウサギと亀の様に情報だけがぴょんぴょんと先を行き、俺の理解を突き放していく。い、行かないで…!これ以上俺の脳みそを痛めつけないで!
「こんばんはー……ってどうしたのナツ、そんな宇宙の神秘を目の当たりにした猫みたいな顔しちゃって」
「こんばんはおたち~」
「おたちさんこんばんは」
「ヒナマルこんばんはー。それでナツは一体どうしたの?」
「今情報過多で固まっちゃっただけです。おーいナツー、戻ってこーい」
「はっ……あ、タチ来てたんだ」
いつの間にか来ていたタチに俺は挨拶をする。何故だか分からないが数分間の記憶が無いような気がする。……か、考えたら負けって言葉もあるしここは一旦考えないようにするという方針に切り替えようそうしよう。
「何の話してたの?」
「ナツに撫でというものを教えてたんだ~」
「VRTの先輩としてやっぱり教えないといけない内容の一つとして懇切丁寧に教えてました」
「そうなんだ……よいしょっと」
「え、あのたちさ……っ!?!?」
タチさんがこちらに近づいてきたかと思った次の瞬間、彼女の手が俺の視界をそっと撫で始める。先ほどと同じような感覚……いやそれ以上のぞわぞわとした感覚が頬を刺激する。
な、なんだこれ!?本当に撫でられてるような感覚がするんだけど!?!?
先ほどのヒナの手とは異なり、彼女の手のひらは俺の画面に近づくにつれ影を帯び始める。まるで現実世界のようなリアルな影に俺はびくりと体を震わせる。
自分の視界の中で動くタチの手、彼女の手が動くのと同時に俺の頬からぞわぞわとした何かが走り脳みそ、そして体をぞくりとさせる。頬を撫でられているだけなのに自分の身体のあちこちがドクンドクンと大きく脈を打ち始める。
やばい、このまま続けられると本当にやばい。直感がそう告げているのが分かる、なんかこう……これ以上続けられるともう戻れなくなっちゃうような、そんな感じがする。
「ふふ、どうだった?」
「……危なかったです」
「危なかった?」
「その……あれ以上やられてたら多分大変なことになってたというかなんというか」
蠱惑的な笑みを浮かべるタチさんに俺はなんて言葉を返したらいいか思い浮かばず、とても抽象的な言葉を並べる。事細かに説明したら気持ち悪いし、かと言って何も言わないのはあれだし……どうすればいいの?
「おたちさん、多分ナツはめっちゃV感があると思うんでほどほどにしてやってくださいね」
「あ、ナツV感あるんだ。……ふぅ~ん」
「……マル君の話は聞いてましたか?」
「もちろん聞いてたよ~。大丈夫大丈夫、私を信じてよ」
し、信用ならねぇ……。
良い事を知ったと言わんばかりににやにやと笑みを浮かべるタチに俺は頬を引くつかせるのであった。
おまけ
ヒナ「おたちって意外とSなんだね。僕シェーダー切って撫でたけどあの感じ多分……」
マル「まぁごりごりシェーダー入れてるよな」
ちなみにシェーダーとは影を入れたりするプログラミング的な物です。
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