第19話 視界ジャック

「お、これめっちゃ可愛いじゃん」


「いいね~全身モフモフ。ケモナーの人が見たら大興奮だよ」


「マー君がそれを買ってくれたら好きな時にモフれるってこと?」


「ヒナ、買うとはまだ一言も言ってないぞ?」


 コミュ強3人のアバター巡りの旅withコミュ障。100近い数のアバターが展示されているワールドに足を運んだ俺達は順路に沿って様々な子を眺めて回っていた。


 博物館の様に規則的に並べられているアバター達だが、アバターの個性はとても不規則でありどのアバターも個性を発揮し、それぞれが持つ魅力を最大限に引き出していた。男性のアバターに女性のアバター、動物をモチーフにしたアバターからロボットまで様々なアバターがあり、見ているだけで楽しい気持ちになってくる。


「で……っかぁ……」 


「わぁすごいねこれ」


 個性的なアバター達の中でも一際目立つのは目の前にそびえ立つロボット。あまりの巨大さに俺とヒナは驚きの声を上げる。赤色の胴体に青と緑色の腕、そして黄色とピンク色の足。どこからどう見ても日曜日の朝に出てきそうな見た目をしているが……。


「超絶合体ロボバルバリオンだって。ちなみにお値段4,500円」


 タチさんが読み上げた名前を聞いた俺は納得の声を漏らす。配色が如何にも合体してます感溢れてるからね。だってこれ絶対5体のロボが超絶合体してるもんね。


「バルバリオン結構ちゃんとしてるんだな。どれどれ……どう?サンプル着てみたけど」


「でかぁ!!」


「わぁ……動くと想像以上にでかく見えるね」


「言っちゃなんだけどでかすぎてもはや邪魔なレベルだねこれは」

 

「おたちさんなんてこと言うんすか!こういうコンセプトのアバターなんですよ……って言おうと思ったけど流石にこれはでかすぎるかもしれないっすね」


「でしょ?」


 自分の視界一杯に映り込むロボットに俺は大きな声を上げる。きっと戦隊モノの一般人ってこんな反応してるんだろうなぁ。そしてこれが自分たちの目の前でドンパチ始めるんだからたまったもんじゃないよな。


「マル、ちなみにギミックとかはあるの?」


「えーっと……あ、ビーム撃てるっぽいっすね。えい」


 えいという可愛げのある声と共にバルバリオンはガシャンガシャンと音を立てながら戦車のような姿に変形する。そしてその数秒後──────


「ちょっ!?目があああああ!!!」


「わぁ~これすごいね~」


「流石にこれは目が痛くなるね」


 な、なんで二人はそんなに平然としていられるの!?ヒナさんに関しては微動だにしてないんですけど!?


 大砲から放たれたのはネオン色に輝く極太ビーム。マルが操作するバルバリオンは当然俺達の方を向いていたため、ビームは俺達の方向へと飛んでくる。自分の目の前は目の痛くなる色一色に包まれ、薄目でやっと見ることが出来るレベルの状態に陥る。


「ちょっ、ストップ!ストーップ!!ちょまじでやばいから!?」


 俺の必死の叫びを聞いてかマルはいつもの可愛い女の子のアバターに戻る。普通の世界に戻ったはずなのになんかチカチカして見える……あれ?まだビーム撃ってる?


「悪い悪い、ビーム撃つときの音でかすぎて中々ナツの声が聞こえなかったわ」


「まじで目やられるかと思ったわ……というかやられたわ」


「これがVRTの荒らし行為の一つである視界ジャックだよワトソン君、今後こういうことが起こったら荒らしプレイヤーをブロックするか、即座にワールドから抜けるように。バルバリオンとの約束だぞ」


「お前今バルバリオンじゃないだろ……というかヒナとタチさんはどうしてそんな平然としてるんですか?」


「こういうのに慣れちゃったからね」


「私もヒナと同じかな」


 ……慣れってこわぁ。というかVRTこわぁ。


「パブリックに行くと時々こういうのがいるんだよ。それでまぁ免疫が付いたというか耐性が付いたというかそんな感じかな」


「そんな人いるんですね……」


「ちなみに海外のワールドはやばいぞ」


「ナツも海外のパブリックに行くときはちゃんと自己防衛しないと大変なことになるから気を付けてね?」


「絶対に海外のワールドに行かないから大丈夫だな」


 VRTの先輩達による視界ジャック講座を実演と共に受けたところで俺達は残りのアバターを見て回った。他にもマルおすすめのアバターを試着できるワールドをいくつか巡っていると時刻はもう少しで0時になろうとしていた。


「いやぁ色々見て回ったなぁ。やっぱアバターを見るのは楽しいわ」


「色々見て回るとあの子欲しいなぁってなるから困っちゃうね」 


「一人くらいだったら全然買うぞ?」


「いいよ、この前衣装貰ったばっかりだし」


「あれはヒナに着てもらいたい衣装送っただけだからなぁ。別にいつでもねだってくれてもいいんだぞ?」


「気持ちだけで充分嬉しいよ。ありがとねマー君」


 二人だけの世界を広げ始めたヒナとマルに俺は「あぁ……またか」と心の中でぽつりと呟く。二人と一緒にご飯を食べるようになってからというもの、こうして二人でイチャイチャし始める光景を見させられることが増えた。


 最初は「またいちゃつき始めたよこいつら」という風に眺めていたのだが、もう既に諦めに似た何かが芽生え始めている。べ、別に悲しくなんかないし……いちゃついてるところを見せられても別に何ともねぇし……はぁ。


「どうナツ?気になるアバターはあった?」


 ぼーっとヒナとマルのやり取りを見ているとタチさんが一人でいる俺を気遣ってか、或いはあの二人の間に割って入るのが難しいと感じたからか俺の所へやって来て声を掛けてくる。


「んー……この子ですかね?」


 俺は自分の顔を指さす。色々なアバターを見て回った結果、最終的に俺は今のアバターであるエトワが一番良いなと感じたのだ。特にこの子の顔や目なんかがかなり自分の好みに近い。鏡を見た時にこの可愛い子が毎回映ると考えるととても幸せな気持ちになるのだ。


「そっか……じゃあ明日辺りに買ってアップロードしないとだね」


「タチさん俺まだビギナーじゃ──────」


「ふふふ、まずは自分のプロフィールを見るところから始めよう」


 俺の言葉はタチさんの手と言葉によって遮られる。まさかと思いながらメニュー画面を開き、自分のプロフィールを見てみるとなんとビジターランクからビギナーランクに昇格していた。


「ビギナーランクおめでとうナツ、そして改めて……VRTの世界にようこそ」


 こちらを見つめる水色の瞳、まるで異世界にやって来た主人公を迎え入れる女神のような所作。そんなタチさんに俺は息を忘れるほどに見惚れてしまう。夢でも無ければ現実でもない第三の世界、この日から俺のVR生活が本格的にスタートするのだった。

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