第18話 後方腕組少女とお披露目会

「おはようナツ、なんか今日やけに嬉しそうだな。何か良い事でもあったか?」


「おはようマル……俺そんなににやにやしてた?」


 いつもの日常、朝学校へやって来て自分の席にいると毎朝隣で楽しそうな会話が繰り広げられる。夏目君と丸山君……ナツとマルの会話に耳を澄ませるのが私のルーティーンとなっていた。


「いつもは死にかけの魚みたいな顔してるけど今は普通に川泳いでそうな顔してる」


「普段の俺の顔そんなにひどいか……?それと俺淡水魚かよ」


「夏と言えば川だからな。それで何があったんだよ」


 夏と言えば海では……?でも確かに川の近くでBBQをするって言うのもとても夏っぽいかも。うん、私泳げないし海よりも川の方が楽しめるかも。


 こうして二人の会話を聞きながら心の中で会話に参加する。これが私の日常……そう考えるととても心が傷つくし、自己評価がどんどん下がっていくからもう考えないことにします。


「昨日エトワちゃんの改変とアップロードが終わったんだよ」 


「おお!えら!」 


「2時間以上かかりました」


 ナツは本当に偉いよ。初めての改変作業はとても大変だったと思うけど最後まで投げずに作業して……おたちさんも誇らしいです。


 昨日の夜ナツと二人でユーティーを導入、そして改変作業をし無事にアバターをアップロードすることが出来た。途中でエラーを吐いてナツが「これがユーティーから逃げるなの意味か……」と悟りを開いたときはどうなる事かと思っていたが何とか乗り切れて内心ほっとしている。それはそれとしてユーティーからは逃げちゃ駄目だよ、ナツ。


「まぁ最初の改変作業なんてそんなもんだよなぁ。一人でやったのか?」


「タチが色々教えてくれたんだよ。あれが無かったら普通にやめて別ゲしてたと思う」


「おたちさんが教えてくれたんだったら問題なさそうだな」


「でも当分はユーティー触んなくても良いかなぁ……改変作業疲れるし」


「ユーティーから逃げるな。それと後で適当にエトワちゃん対応の洋服送り付けるから嫌でも改変することになるぞお前は」


「嬉しいけど……嬉しくない……」


 確かに。VRTで初めてアバターをアップロード出来た記念に何か洋服を送るのはありかもしれない。そうすればナツに喜んでもらえるのと同時にまた私がユーティーを教えることが出来るし、ナツはユーティーから逃れられない。一石三鳥とはまさにこのことだ。


「これから一杯改変作業しような」


「……ははは」


 マルはナツの肩にポンと手を置き、満面の笑みで圧を掛ける。何かをしろと言われるよりもああやって圧を掛ける方がナツには効果的なのだろう。ナツの乾いた笑みがそれを物語っている。私も何かして欲しいときは笑顔で圧を掛けるようにしようかな……。


「はーいそれじゃあHRを始めまーす」


 時間というものは極端なもので早い時にはとことん早く過ぎ去っていくもの。ナツとマルの会話を聞いていたらいつの間にかHRの時間になってしまっていた。出来ればナツに声を掛けよう、挨拶くらいはしようと思ってはいるのだが二人の会話を聞いていると毎日こんな感じの現象が起こってしまう。


 今日も喋れなかった……でもまぁエスコは交換できたし今日はちょっと自分に甘くしてもいいかなぁ……明日からまた頑張ろう、昨日頑張った分今日は許します。


 昨日の夜の事を思い出し、私はとても良い気分で今日一日を過ごすのであった。







「おぉ……いいねぇ。初めての改変だけどめちゃ上手いぞナツ」


「そうか?一応ありがとうとだけ言っておこうかな」


「何でそんな上からなんだよ」


 最早見慣れたと言っても過言ではないこたつのあるマンションの一室にて俺とマルはいつもの様に会話を展開する。


 今日も今日とて変わらない日常を過ごした俺は緊張とワクワクの二つを抱えながらVRTにログインする。初めて改変したエトワちゃんを見せる、それすなわち俺のセンスが見られるということとほぼ同義なのである。


 「あぁ……まぁいいね」の様に歯切れの悪い言葉が返って来たり、「なんかいじんない方が可愛くね?」などと言った鋭い言葉が飛んでくるのではないかと内心びくびくしていたが、俺の不安と緊張はマルの言葉を聞いてすぐさま霧散する。


「そういやナツってこういう系の色好きだったな」


 俺の初めての改変作業は髪の色を橙色に変える、そしてこの髪似合うように瞳の色を調整するというものだ。通常のかっこかわいいエトワちゃんとは印象が大きく変わり、元気な子というイメージを感じやすいだろう。ここまで変えるのはどうなんだと作業しながら思ったが、タチ曰くこのくらいの改変は普通らしくそれがGOサインになった。


「うん……可愛いな。後で似合いそうな洋服送り付けとくわ」


「ありがとう……って言えば良いのか?別にユーティーをいじりたくないから送んなくても良いんだぞ?」


「いーや、お前はユーティーからは逃れられないのだ。明日にでも送り付けるから覚悟しとけよ」


「うっ……まぁ貰ったらちゃんと改変するよ……多分」


「やっほー」「こんばんは~」


 改変のお披露目会をしているとタチとヒナがほぼ同時に部屋へと入って来る。あまりの偶然っぷりに俺は何か言おうかと悩んだがその言葉を引っ込めて代わりに挨拶を返す。


「おおー!ナツ大分印象変わったね!すごく良いと思うよ!」


「それを聞けてほっとしました」


「え、なんで?」


「いやぁ……自分のセンスに自信が無いもので……」


「自信持ちなよ!すごく可愛いから!」


「……ありがとう」


 ストレートに告げられた誉め言葉に俺は恥ずかしさを滲ませながら感謝の言葉を返す。嬉しいけど恥ずかしい、こういう時どういう顔をすればいいか分からないの。笑えば良いと思う?ニチャニチャしろってこと?あ、違うか。


「うん、昨日も見たけどすごく良いね。すごく可愛いよナツ」


「手伝ってくれて本当にありがとうおたちさん。マジで助かりました」


 俺はタチに手を合わせて感謝の言葉を贈る。


「良いよ良いよ、分からないことがあったら何でも聞いてね」


「……多分近いうちに聞くことになるんでその時はよろしくお願いします」


「任せて~」


 ピースサインと共にウインクをするタチさん。何だその表情可愛すぎか?


「よし、じゃあお披露目会も済んだことだしどっか遊びに行くか~」


「うん!」


「おー!」


「おっけー」


 今日も元気なヒナとタチには付いていけずいつも通りに了承の意を示す事しか出来なかった。いやこれに関しては二人のテンションが高すぎるのが問題だと思うんですけどね?

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