第17話ユーティーから逃げるな

「……とりあえずVRTを始めたは良いもののどうしようかなぁ」


 家に帰り、色々なことを済ませた俺はおもむろにVRの世界へと入り込んだ。今日はマルやヒナと何かをする予定はないため、VRTでやることと言えばパブリックで誰かと話しに行くか一人でワールドを巡るかのどちらかになるだろう。


「この時間を使ってアバターをアップロードしたり改変したりすればいいんだろうけど……めんどくさそうだったんだよなぁ」


 ちゃんとエトワちゃんを買った。良いお値段はしたがこれでおれのVR生活がより豊かになると考えれば安いものだ。……ただネットでアバターをアップロードする方法を見てみたらかなり長い事記事が書かれており最後まで読む気力が全く起きなかったのである。僕、日本語、読めない。


「いずれはやらないといけないことなのかもしれないけど……そういう物って中々やる気が起きないのが人間なんだよなぁ」


 夏休みの宿題よろしくやらなければいけないことかつ面倒くさそうなことは後回しにしがちなのが人間という生き物なのである。ビギナーになったという喜びエネルギーをそのままアバターをアップロードするという行動に向けることが出来たら良かったのだが……1日経ったらそのエネルギー君どっか行っちゃいました。


「今日はVRTやめて久しぶりにFPSでもするか」


 後回しにするのは良くないことだがここまで焦るようなことではない。然るべき時にやれば良いのだ。事を急いては何とやらッて言葉もあるし今日はとりあえず考えるのやめようそうしよう。


「ってあれ?タチさんからだ」


 メニュー画面を開きログアウトしようかと思ったその時、ポンという音と共にタチさんから招待が届く。


「一体どうしたんだ……?まぁとりあえず行ってみるか」


 俺は承諾のボタンを押してタチさんがいるワールドへ向かう。タチさんのいるワールドは「大きなテレビのある部屋」という何ともわかりやすい名前をしており、設置されているテレビで何か動画を見る用のワールドなのだと分かる。


「どうもー」


「やっほーナツ、急にインバイト送っちゃってごめんね?」


「いえ、大丈夫ですよ。それでどうかしましたか?」


 部屋に入ると音楽を聴いていたのか少し前に流行ったアニメの音楽が流れていた。タチさんもアニメとか見るんだなぁ……そういえばリアルだとコミュニケーション能力低いって言ってたしもしかしてオタク趣味をかなり持ってる感じの人なのかな?


「ナツ君……君、アバターのアップロードはどうしたのかな?」


「んぐっ……え、えーと……」


 すっと目を細めたタチさんはまるで犯人を追いつめる探偵の様な口調で俺に質問を投げかけてくる。め、面倒くさそうだったから後回しにしようと思ってました。な~んてことを言えるはずも無く、俺は何とか良い感じの理由を考えるべく頭をフル稼働させる。


「もしかして……面倒くさそうだからって逃げようとしていないか~い?」


「い、いやっ!そんなことは……あ、ありますけど……」


 頭を回した結果良い受け答えが思いつかなかったため俺は正直にやる気が出てこなかったことを話す。だってしょうがないじゃん、めちゃくちゃめんどくさそうだったんだから。


「そんなナツ君にはこの言葉を贈ろう……ユーティーから逃げるな」


「……逃げるが勝ちという言葉が世の中には──────」


「諦めたら試合終了という言葉もあるよ?」


「すぅ~……まぁありますね」


 どうやらタチさんはユーティーから逃げることを絶対に許さないウーマンらしい。圧がすごいのよ圧が。


「とまぁ戯れはこの辺りにしておこうかな。実はナツがユーティー関連で困ってそうだなぁって思って声を掛けたんだよ」


 ……何だこの人優しすぎか?始めて会った時に色々教えてくれただけでもありがたいのにまさかアバターをアップロード、改変する方法まで教えてくれるんですか?もしかしてタチさんって女神だったりする?


「困ってると言うか……やることが多そうで手を付けるのが億劫担ってる状態ですね」


「あぁ……まぁ最初はやること多いからね~。しかし、そんなナツに朗報です!」


 俺の顔に向かってビシッと指をさしたタチさんに俺は小さく肩を揺らす。もしかして……今ユーティーを始めると無料でもう一個ついてきたりする?普通に要らないんですけど?


「今なら何と私のサポート付きでアバターをアップロード&簡単な改変作業のやり方を教えちゃいます!」


「おおー……ありがとうございますタチさん」


 もう一個無料とか要らないのではなく、本当に助かるやつが来ました。


「しかしタダで全てを教えるほど私は優しくありません。教えるのには条件がありまーす」


「条件ですか……ちなみにどんなものか聞いても?」


「私のことを呼び捨てにするのと敬語を止めること。この二つを守ってくれるなら教えるよ」


「……はい?」


 教える代わりに何かしら買って欲しいとかそういう系が来るかと思ったが全く予想していない言葉が飛んできて俺は素っ頓狂な声で聴き返してしまう。


「だーかーら!私のことを呼び捨てにする、そして敬語じゃなくてため口で話してくれたら改変の仕方とかその他諸々を教えるよって言ってるの」


「いや内容は分かりますよ?でもなんでそんな急に?」


「だって……結構遊んでるのにナツの敬語が抜けないんだもん。こうでもしないと一生私に対してはさん付けだし敬語で話すでしょ?」


「それは……」


 無いとは言い切れないなぁ……。だって敬語の方が離しやすいんだもん、しょうがないじゃん。


 まるで拗ねた子供のような態度のタチさんに俺はどうすればいいか少し頭を悩ませる。いやまぁ彼女のお願いを聞き入れてユーティーについて色々教えてもらうのが一番良いんだろうけど……敬語抜けるか不安なんだよなぁ……。


「そっか……ナツは私と壁を作っておきたいんだね……」


「いや決してそういう訳じゃ──────」


「じゃあため口も呼び捨ても行けるよね?」


「……」


「あぁ……やっぱり私と仲良くしたくないんだ……病む……」


 急にめんどくさくなったなこの人!?いつものからりとした感じは何処に行ったの!?何でそんな急にメンタル弱くなったのさ!


 急にメンヘラのような発言をし始めたタチさんに俺は心の中で声を荒げながらツッコミを入れる。別に敬語でも俺は良いと思うんですけどね……まぁ俺が気を付ければ解決するし良いか。


「分かった分かった、敬語もさん付けも止めるから」


「……名前呼んでない」


 めんどくさい彼女かあなたは。


「タチ、これからそう呼べばいいんでしょ?」


「……ふふふん、分かれば良いんだよ分かれば。全くナツは強情なんだから」


 先ほどまでのめんどくささと不機嫌さは何処へやらいつもの……いつもよりほんの少し機嫌のいいタチへと戻っていた。この人もしかしてちょろかったりする?


「ふっふっふ、条件を達成したナツには私が改変の仕方を丁寧に教えて進ぜよう」


「わ、わー流石おタチさん」


 俺はとりあえず拍手と共に雑な称賛の言葉を贈っておく。こういう時になんて返したらいいかのアイデア絶賛募集中です。


「あ、でもどうやって分からないことを聞けば良いの?わざわざVRゴーグルを着けたり外したりするのってかなり面倒なんだけど」


「ナツはエスコやってるよね?」


「もちろんやってる」


 エスコート、略してエスコ。通話をしたりメッセージを送ったり画面共有をしたりと色々便利な通話アプリのことだ。PCゲームをやっている人の99%はこのエスコをやっていると言っても過言ではないほど非常に便利なアプリである。


「じゃあエスコ交換しよ?それで画面共有してもらえれば色々教えながらできるし。ちゃんとVRTに反映されてるかどうかはデスクトップの方で確認すればいいよって感じ」


「なるほど……はいこれ自分のID」


 俺はチャットに自分のエスコのIDを打ち込む。ネットの人とエスコを交換するのは初めてのことだが……まぁタチなら交換しても良いか。画面見てもらいながらの方が色々教えてもらえるし。


「ありがと~、それじゃあ一旦VRTから離れて一緒にユーティー、頑張ろっか」


「……お手柔らかに」


 にっこにこの笑顔で笑うタチに俺はほんの少し引き攣った笑みを返すのだった。




おまけ


ナツ「タチ、これなんて書いてるの?」


タチ「ん?私も分かんないよ?英語は得意じゃないからね」


ナツ「え、えぇ……?」


 その後なんやかんやありながらちゃんとアバターを改変、アップロード出来たとさ。めでたしめでたし(?)

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