第16話 翌日

「おはようそしてビギナーランクおめでとうナツ。アバター買ったらどの子買ったか教えてくれよな、なんか衣装送り付けるから」


「おはようそしてありがとうマル、それとそんな無理せんでもいいんだぞ?」


「無理とかじゃなく単純なプレゼントだよ。人の好意や善意を一回疑ってかかるのは悪い癖だぞまじで。まぁ別に俺に対してならどんだけ疑ってかかっても良いんだがな。もう慣れたし」


「直そうと思っても直らないから諦めてくれると助かる」


「いずれヒナと一緒に矯正プログラムでも始めるか」


「怖いなぁ……扉閉めとこ」


「蹴破りに行くわ。VRTの時間だぁ!つって」


「こわ」


 次の日の朝、どうやらマルも俺のランクが上がったことに気が付いていたらしくおはようの挨拶の後にすぐ俺のランクについての話をしてきた。VRTをやっていれば誰しもが通る道なのだろうがなんだか特別な感じがして嬉しい。あれか、FPSのランクマッチで行けなかった上位のランク帯に行けたみたいな感じかこれ。


「これでナツもやっとユーティーと和解する時間が来るな」


「ユーティー?」


「アバターをアップロードしたり改変したりするのに必要なソフトのことだ。まぁ……やってみれば分かる。そしてどうせ喧嘩する」


「……それを昨日ビギナーになったばっかの人間に言うのちょっとどうかと思うんだけど?」


「まぁまぁ……ってありゃ、チャイムなっちった。まぁ困ったら助けてやるからひとまずガンバレとだけ言っておこう」


 雑談しているとあっという間に時間は過ぎ去りHRの始まりを告げるチャイムが鳴り響く。4月も後半に差し掛かろうとしていたが俺の高校生活は至って平穏だ。マル、そして日向と楽しい学校生活を送れているし、クラスの人とも特にトラブルを起こすことなく日々を送れている。……まぁ新しい友達が日向しか出来ていないのはちょっとあれだがまぁ順調な学校生活と言えるだろう。


 ジーッ……


 隣の人からの謎の視線を除いて。


 俺の勘違いなのかもしれないが、最近俺は隣の席の橘さんから視線を感じるのだ。ただ目を合わそうとすると何事も無かったかのように目を逸らされるし、何か用事があるのかと思っていても結局一言も話しかけられることは無い。こんなに見られるってことはもしかして俺……禿げてる?いやさすがにそんなことは無いはず、まだ高校生だぞ俺。


 かと言って「橘さんどうかした?もしかして何か用事があったりする?」みたいに話しかけられるほどのコミュニケーション能力は当然持ち合わせていないので、隣から来る視線の矢が突き刺さるのを耐えるしかないのだ。き、気まずい……心が休まらない……。


 




 はぁ……今日も話しかけられなかった……。


 試合終了のホイッスル、もといHR開始のチャイムが鳴る。毎朝毎朝どうにかして夏目君に話しかけようと思っているが、それを行動に起こすことはまだ一度も叶っていない。妄想の中の自分は自然と挨拶をしてそのまま軽い世間話にまで持っていくことが出来ているのだが……現実はそう上手くは行ってくれない。


 隣の席だというのに私と夏目君はほとんど会話をしない。それどころか顔を合わせる時間が1分あるかどうか怪しいレベルなのだ。顔を合わせ会話するのは授業で話し合いをする時だけって……あまりにも悲しすぎない?


 私だってナツとマルの会話に混ざって色々VRTの事とかお話したいのに……一生隣で会話を聞かされてうずうずしているこっちの身にもなって欲しいものだよ全く。


 でもまぁVRTの方ではナツと少しずつ距離感を縮めることが出来ているし、私の計画はおおむね順調と言えるだろう。……でもナツ私に対しては敬語を崩してくれないんだよなぁ……。


 昨日一緒にアバターを見て回った時の事である。よく遊んでいる私に対してはまだ敬語が残っているというのに私より後に出会ったヒナには砕けた口調で話しているのだ。それを見た時は流石に心臓を爪楊枝でつつかれた様な痛みを感じた。私の方が!一緒に!遊んでる!じゃん!


 机をバンバン叩きたくなる気持ちをグッとこらえ私はふぅと息を吐く。落ち着いて私、今この場で暴れ出したら橘さん急におかしくなったって話題になって明日からの学校生活が大変なことになっちゃう。深呼吸よ大きく息を吸って吐く、そうすれば自然と心が落ち着いて……落ち着いて……来ないなぁ。


 そうだ、今は次の作戦のことについて頭を回すとしよう。ナツのランクが上がったことによって生まれるイベントを最大限生かして距離を縮めるのだ。既にどういう行動を取るかは頭に浮かんでいる。後はマルの行動次第だけど……マルは自ら干渉するタイプではなく助けを求められたら助けるタイプだと思うからおそらく問題ないだろう。


 このチャンスを生かしてナツとの距離を大きく縮めるんだ……そうしてVRTで良い感じになったら現実世界でもアプローチしていけばいい。うんうん、やっぱり私って天才だったのかもしれない。今こうして見直してみても私の計画はとても良いものだ。


 自分の計画を俯瞰し、私はうんうんと頷く。現実世界では中々思ったように行動することは出来ないがあっちの世界なら私は思い描いた理想の自分として動くことが出来る。その特性をしっかりと生かしていこうじゃないか。現実世界は……後でなんとかします。


 早速今日家に帰ってから計画を進めるとしよう。ふっふっふ……震えて待ってると良いよナツ。

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