第12話 世界は狭いね
「くくく……良いじゃん、これが見たかったんだから」
「はぁ……こういう悪戯は適度にしないといつか嫌われちゃうよ~?」
「ナツはこの程度じゃ傷つかないから大丈夫だって」
「絶賛放心中だけどね」
ヒナさんの口から告げられた衝撃的な事実に俺は数分経っても状況を飲み込めずにいた。何とか飲み込むためにモグモグと情報を咀嚼してはいるものの、安いお肉の脂身みたいに中々嚙み切れない。今の俺は一生頭の上でパソコンでよく見るあれことリングカーソルがぐるぐる回っている状態だ。
「はぁ……おもしろ。ナツーそろそろ戻ってこーい」
「はっ……夢か……」
「ここは夢の中じゃなくて仮想現実の中だぞ」
俺はマルのマジレスをガン無視して深呼吸をする。大丈夫、さっきのヒナさんの言葉は俺を騙すための嘘に違いない。きっと遅めのエイプリルフールなんだよ、うんうんそうに違いない。
「それでヒナさんは女性の方なんですよね?」
「……ぼ、僕は男の子……だよ?」
「ははは、そんな冗談良いですって。別に俺出会い厨でも何でもないんで取り繕わなくても大丈夫ですよ」
「だ、だめだ……完全に現実逃避してる時の目をしてる……」
現実逃避?いやいや、これは現実を逃避してるんじゃなくてちゃんと現実を見ようとしてる時の目ですよ。全く失礼だな~ヒナさんは。
「ナツ、ちなみにヒナは本当に男だぞ。しかもボイチェンでもない普通に生声だぞ」
「……ソースは?」
「現実世界で会った」
「……すぅー……」
俺は音を立てながらゆっくりと息を吸う。受け入れがたい真実に俺は頭を抱える。ヒナさんは可愛い声をしている男の子で。現実世界にちゃんと実在してて、それで──────
「え、二人は男同士だけどお付き合いをしているという認識で間違いないでしょうか?」
「なんで急に敬語になるんだよ……そうだぞ、俺とヒナはちゃんと付き合ってるぞ」
「え、えへへ……お付き合いさせてもらってます」
いやヒナさん、そのセリフは完全にヒロインが言う奴なんですよ。まぁじで普通に女の子が喋ってるようにしか聞こえないんですけど……。
照れ臭そうにしながらもマルと付き合っていることを告げるヒナさんに俺の頭は再び混乱に陥る。もうよく分からないよ俺……。
「てことで今日は俺の大事な人を紹介するためにナツを呼んだってわけ」
「さ、さいですか……どうぞご幸せにって言えば良いのか?」
「今後ナツと遊ぶときはヒナも一緒に来ることがあるかもだからそこんとこもよろしくな」
「お邪魔させてもらうねナツ」
「こっちこそよろしくお願いしますヒナさん」
その後俺とヒナさんはフレンドになり、何でもない話に花を咲かせているとあっという間に時間が過ぎてしまいその日はお開きになった。雑談のついでに苺という文化についても色々教えてもらったが、どうやらこの世界では男同士で付き合うことはよくあるというか大半が男同士で付き合うらしい。世界は広いなって思いました(小並感)。
「おはようナツ、昨日はありがとな~」
眠気を感じながら机に突っ伏していると肩をトントンと叩かれると同時に聞き馴染んだ声が頭の上から聞こえてくる。
「おはよマル。昨日の衝撃はマジですごかったとだけ言っておこう」
「いやぁ~マジで面白かったぞあの時のナツ。めちゃくちゃ笑ったわ、人間って受け入れ難い事実を突きつけられるとああなるんだなぁ」
「性格悪いぞお前。友達無くすぞ」
「性格悪くても許してくれる奴が目の前にいるから大丈夫だよ。それに俺にはヒナがいるし」
「朝から俺の口に砂糖を投げ入れるのはやめろ」
こいつに彼女……彼女……まぁ彼女がいたことには驚きだがとても上手くやっているらしい。昨日初めて会ったばかりだがとても仲睦まじそうだったし、互いのことをある程度理解できている様子が垣間見えた。VRTだけではなく現実でも既に何回も会っているらしく、愛というものはすごいんだなぁという月並みな感想を抱いた。
「あ、そうそう今日のお昼暇?ちょっと紹介したい奴がいてさ」
「別にご飯食べるだけだし良いぞ……ってん?」
その時、俺の脳みそに電流が走る。散らばっていた無数の点が結びつき、一つの未来が自分の脳内で形作られ、映像として流れていく。何だろう……すごい既視感を感じるし、すんごい嫌な予感がする。
「まぁ誰かは会ってみてのお楽しみだ」
「た、楽しみにしとくよ……」
ニヤリと口角を上げたマルを見て俺は乾いた笑いが自然と零れ出てしまう。何故だろう、マルが俺に合わせたい人物が一体誰なのかもう既に分かってしまい、その予想が9割方合っているような気がしてならない。そ、そんなはず……ない……よな?
午前中最後の授業が終わる。もう既に多くの人の腹の虫はライブを開催しており、気を抜けばそのライブ会場の音声がいつ外へ漏れ出てもおかしくない状況だ。しかし、俺の腹の虫は他の人達と比べてかなり盛り上がりに欠けている。陰キャは腹の虫さえ陰キャって考えた人、そんなわけないだろ。
今朝親友から告げられたお前に合わせたい人がいる発言、これのせいで俺の思考が本来は酷く感じるはずの空腹感を邪魔しているのだ。というか今日の授業はこれのせいでほとんど内容が入ってこなかったと言っても過言ではない。
俺の考えすぎなのかもしれない。ただいやな予感というものは往々にしてよく当たる。まさかそんなことあるはずないだろと自分の考えを否定すればするほど、嫌な予感の的中率が上がっていっている気がして仕方がない。
「うちのクラスまで来てくれるみたいだからちょっと待っててな~」
「うむ……」
「なんで急におじいちゃんみたいになった?」
「ちょっと返事ミスっただけだ。細かいところを気にするとはげるぞ」
「それはちょっと嫌かも」
やばい、やけに心臓がうるさい。まるで娘が恋人を連れてくると聞かされ、その日がついにやって来てしまったときのお父さん並みの緊張が身体に走っている。というか今更だけどなんで俺はこんなに緊張してるんだよ……。
「お、来たみたいだな」
マルの言葉に俺はびくりと肩を揺らす。俺はごくりと生唾を飲み、ゆっくりとドアの方向へと顔を向ける。
「ごめん、ちょっと授業が長引いちゃって」
「全然気にしなくていいぞ~」
「ありがとマー君」
俺の頬がぴくぴくと小刻みに痙攣する。そしてそれと同時に俺の喉からはこれでもかというほどカラカラに乾いた笑い声が漏れ出る。
謝罪の言葉と共に現れたのはビスケット色の髪と瞳を持つ美少女(?)。短くまとめられた髪からは快活さを感じられるが、可愛い顔立ちのせいか元気な子という印象よりも可愛いという印象が強くなってしまう。
どこかで聞いたことのある可愛さを多分に含んだ声を聞いたクラスの男子の多くは目と耳を惹かれる。
しかし、しかし何かがおかしい。この学校は男子はズボン、女子はスカートというのが原則として定められている。申請すれば女子でもズボン、男子でもスカートで良いとされているらしいがほとんどの生徒は原則に則っている。
ではそれを踏まえてこちらにやって来た美少女の姿を見てましょう。まずは上半身から、シャツとネクタイに可愛らしいカーディガン。うん、女の子っぽいな。次に下半身……学校指定のズボンだ。うん……うん?
そう、この美少女はスカートではなくズボンを履いているのだ。もちろん申請してズボンを履いている可能性はある。だがおそらく誰かが申請してスカートからズボンに変えたとなると多少なりとも話題に上がり、その噂は広がってくるはずだ。
であればこの美少女(?)は──────
「じゃあこの面白い顔をしている夏目君に自己紹介してやってくれ」
「昨日も悪戯のしすぎは良くないって伝えたんだけど」
「サプライズで伝えた方が何倍も面白いだろ?」
「全くもぉ……んんっ、改めてこっちの世界では初めまして。
仕草、声のトーン、話し方、その全てが昨日出会ったヒナさんのものと完全に一致する。
「世界は広いように見えるけど本当は意外と狭いんだよ?」
タチさんが発した言葉がフラッシュバックする。タチさん……世界って本当に狭いんですね……。
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