第11話 苺
今日も今日とて学校を乗り切り家にたどり着いた俺はご飯を食べ、お風呂に入り、そして流れるようにVRの世界に入り込んでいた。少し前まではこの時間がFPSに当てられていたのに、今となってはVRTが面白過ぎてこっちを優先するようになってしまいました。ま、まだ沼にはまった訳じゃないし……。
「さて、今日は何すっかなぁ……とりあえずTFJかポータルワールドにでも……ん?」
とりあえずどこかに行こうかとメニューを開くと、ピコンという音と通知が届く。
「マルさんから招待が届きました……なんだろ、まぁとりあえず行ってみるか」
ログインした瞬間に届いたインバイトに疑問を抱いたがとりあえずマルのいるワールドに行ってから色々聞けば良いかと考えた俺は承諾のボタンを押し、マルのいるワールドに入る。
「お、来たかナツ」
「おいすー。VRT始めてすぐインバイトが来るとは思わなかったわ」
「悪い悪い」
ワールドに入り、目の前に立っていたマルとあいさつを交わす。ワールドのサムネイルとぱっと見の雰囲気的にゲームワールドではなく、雑談をしながらゆっくりするようなワールドらしい。
「まぁとりあえずこっち来な」
「了解……っておお」
ドアを開け中に入ると落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。レンガ造りの壁で囲まれた部屋の真ん中には2、3人は座れるソファと大きめのテレビが設置され、奥の方には大きいサイズのベッドが置かれている。
この部屋にある家具や小物、壁に飾られているオブジェクトがかなりアンティーク調であり、灯りも暗めに設定されているため、海外のインフルエンサーが作ったいい雰囲気の部屋という印象を感じる。
「どう?ここめっちゃチルじゃない?」
「分かる。ここめっちゃいいじゃん」
「ここの雰囲気好きすぎてホームワールドにしてるんだよ」
「……ホームワールド?」
聞き慣れない単語に俺は首を傾げる。その様子を見たマルは「ああ」と声を漏らしすぐに単語の説明をしてくれる。
「VRT始めるとあのよく分からない広場みたいなとこに飛ばされるだろ?」
「うん、ついさっき飛ばされてきたね」
「そのログインした時に飛ばされるワールドをホームワールドって言うんだよ。ワールドの画面に行ってホームワールドに設定するってやつがあると思うんだけどそれを押すと次回からVRTに入った時はそのワールドに飛ばされるってわけ」
「……これか。なるほど、完全に理解したわ」
ワールドの説明欄らしき場所に「ホームに設定」と丁寧に書かれてあるところを発見した俺は、この世の何もかも……とまでは行かないがホームワールドというものを完全に理解した。後で気に入ったワールドをホームに設定しておこう。
「やっとVRTの先輩として何か教えることが出来て満足です」
「もっと色々便利機能を教えやがれくださいよ先輩」
「とりあえずユーザーランクを上げて改変できるようになってからにしろ。話はそれからだ」
「む……どうやったらランク上がるんだよ」
「フレンドを作れフレンドを……それかめちゃくちゃVRTをやるしかないかな」
前者はコミュ障の俺にはちょっと難しい話なので後者の方にしますね……。
「お前絶対じゃあVRT沢山やってランク上げよって思ったろ」
「ばれたか」
「……今度パブリックにフレンド作りに行くか。保護者として後ろから見守っといてやるよ」
「だったら一人で行くっつーの」
「はい言質とった」
「……」
気付かないうちに言質を取られたことに俺は口をポカーンと開ける。こいつ……いつの間にそんな口が達者になったんだ……?これからマルと話をする時は注意しないと面倒事に巻き込まれる可能性があるってことなのか……気を付けないとなぁ、多分無理だと思うけど。
「まぁその話は一旦置いといて、俺を呼んだってことは何か用事でもある?」
「今日はある。でも用事が無くても呼ぶときはあるからそこんとこよろしく」
「あぁおけおけ。それで用事って何?」
「今日はお前に紹介したい奴がいてな。もうちょっとしたら来るはずだからそれまで適当にだらだらしてようぜ」
「あいよー」
どうやら俺に合わせたい人がいるらしい。マルが紹介する人だから普通に良い人なのだろうが一体どんな人か全く見当もつかない。でも俺に合わせたいってことはFPSがめっちゃ上手な人とか?それとも単純に友達の少ない俺を思って友達を紹介してくれるとか?まぁどちらにせよ粗相のないように気を付けないとなぁ。
マルと雑談を繰り広げているとピコンという音が鳴り響く。一体何の音かと思ったがマルの「お、来たみたいだな」という言葉で先ほどの音はワールドに人が来た時の通知音だと分かる。
「ヒナ~会いたかったぜ~」
「あ、マー君!僕も会いたかったよ~」
「……は?」
ガチャリと開かれた扉から姿を現したのはゆるふわな洋服を身に纏った美少女だった。ボブカットされたミルクティー色の髪にその髪色と同じ色の瞳、そしてやや高い可愛らしい声。この方もどうやら女性プレイヤーらしい。
しかし彼女の容姿や声よりも俺は目の前で起こっている光景にひどく衝撃を受けている。互いに嬉しさと甘さを滲ませた声音で会えたことの嬉しさを共有し合う姿は紛うことなきカップルのそれである。
そして何より驚いたのはマルがこれが当然であるかのようにヒナさんの頭を撫で、そしてヒナさんはそれをとても嬉しそうな表情で受け入れている光景である。突然目の前で行われたイチャイチャに俺の脳みそがフリーズしてしまったのだ。
「マー君、嬉しいけどそろそろ……」
「っとそうだな。この人がナツに紹介したかった人だ。はい、自己紹介」
「初めましてナツさん、僕はヒナ。マル経由で色々話は聞いてます」
「どうも初めましてヒナさん、ナツです。別にさん付けとかしなくて大丈夫ですし敬語もいらないです」
「分かった、じゃあ私のこともヒナって呼んで。それと敬語もいらないよ」
「ちなみにナツは自分のことを呼び捨てに刺せる割に本人は敬語外すのにちょっと時間かかるからそれだけは配慮してやってくれな」
「あ、そうだったんだ。全然ゆっくりでいいからね」
「なるべく早く敬語を外せるように頑張ります」
マルが説明してくれたおかげで変な言葉を言ってしまう可能性が0になった。ありがとうマル、ファインプレーだ。
「とまぁ今回は夏に苺であるヒナを紹介し、ヒナには俺の親友であるナツを紹介するという回でございます。ヒナ、前も言ったかもだけどこいつは最近始めたのと素のコミュ力がそんなに高くないから優しくしてやってくれ」
「うん、任せて!」
「……苺?」
本日二度目の聞きなれない単語に俺は頭に疑問符を浮かべる。どうして急に苺という言葉が出てきたのか全くと言って良いほど理解できない。苺……いち…ご…?
「あぁ苺って言うのはVRT内でのカップルの事を差すんだよ」
「へぇ~そうなんだぁ……ってはぁ!?」
カップル!?カップルってあのカップル!?
マルの説明に俺は大きな声が出てしまう。もうちょっと大きかったら危うく母親が部屋凸してきただろう、親フラの危機は免れて良かったです。……いやどういうことかまだ理解できてないから全然良くはないんだけどね?
「あれ?マー君説明してなかったの?」
「ナツのことを驚かせてやろうと思ってな」
「初心者だから優しくしてって言ったのマー君だよ……?」
「経験だよ経験。初心者のうちに驚きを体験させてるんだよ」
「全くもう……口が上手いんだから」
目の前で仲睦まじく話す二人の顔を交互に見る。え、本当にお付き合いしてるの?本当の本当に付き合ってるの?カップルなの?恋人同士なの?俺の頭混乱しすぎてやばいんだけど誰か助けてくれない???
親友がまさかVRの世界で彼女を作っているとは夢にも思わなかった俺は、目の前の現実を咀嚼し飲み込むことが出来ない。
「ま、まさかマルに彼女が出来るとは……ってなんで二人で見つめ合ってんの?」
俺の声に二人は目を合わせる。ヒナさんは呆れたような表情を浮かべ、一方でマルはにやにやとした悪い笑みを浮かべている。マルがヒナさんに喋るよう首で促すとヒナさんははぁと一つため息を吐きながら俺の名前を呼ぶ。
「あのねナツ、僕女の子じゃなくて男の子だよ」
「……へ?」
ヒナさんから告げられた言葉に俺の脳はフリーズ……いやショートするのだった。
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