第10話 無理ゲーですやん

「おぉ……雰囲気凄いな」


 やって来たのは荒廃した町。太陽はとても不機嫌なのか全く顔を出さず、ほんのり小豆色をした禍々しさを感じさせる雲の中に隠れている。周囲を見回すと至る所が錆びていたり、ひびが入っていたり、人の手が行き届かなくなってしまったのが分かる。


「来たみたいだね、ここがゾンビサバイバルゲーム。この廃れた街で自分の体力が尽きるまでゾンビを倒し続ける至ってシンプルなゲームワールドさ」


「生き延びるとかではないんですね」


「うん、頑張れば生き残れるのかもしれないけどこのゲームって終盤めちゃくちゃ鬼畜になって、絶対に死んじゃうからどう頑張っても生き延びれないんだよね」


 淡々と告げられたワールドの説明に俺は乾いた笑いを浮かべる。ゾンビサバイバルって名前なんだからクリアできる余地は残しといたほうが良いと思うんですけど……。


「まぁまぁこのワールドなら心置きなく銃を撃つことが出来るから。銃の種類も結構あるんだよ?」


「おぉ……それは良いですね」


 タチさんの説明曰く敵を倒すごとにポイントが増えていき、そのポイントを使って新しい武器を購入したり、エリアを開放していくらしい。


「まぁやれば分かるから早速始めよう。ナツの腕前、見せてもらおうじゃないか」


「任せてください、やったことは無いけど自信だけはあるんで」


 挑発ともとれるタチさんの言葉に俺は笑いながら言葉を返す。VRで銃を撃ったことは無いがFPSを結構やっているため自信はある。タチさんも驚くほどゾンビ共の頭をスパンスパンと打ち抜いてハイスコアをたたき出してやるぞ。


 そう意気込んで始めたこのゲーム、最初は中々慣れず思うように弾が当たらなかったり、リロードに手間が掛かったりと「FPS上手いから余裕だろ!」という考えが180度変わる程に難しさを感じた。しかしどのように撃てば当たるのかという感覚を掴み始めてから俺の放った弾丸は見事にゾンビの頭を貫いていき、タチさんと雑談をしながらゾンビを倒す余裕すら生まれた。


「どうだいナツ?実際に銃を撃ってみた感想は」


「めっちゃ面白いです!最初は難しかったけどコツを掴んだら一気に当たるようになって楽しいです。……あぶねっ、というかタチさん上手すぎません?FPS下手とか絶対に嘘じゃないすか」


 このゲームをやっていて一番驚いたことはタチさんのAIMがあまりにも良すぎることである。近付いてくる敵の頭をパンパンと次々に撃ち抜き、慣れた手つきでリロードをしまた撃ち抜く。映画やゲームの中から飛び出てきたのかと思うほど彼女の腕前は凄まじいものだった。


「そんなことないよー。ただ昔このゲームを滅茶苦茶やりこんだだけで……あっ、ナツ後ろ居るよ」


「え─────ってうおおおおお!?!?」


 しれっと言われた内容に耳を疑う。とりあえず言われたとおりに後ろを振り返ってみると俺の視界全体にグロテスクな人間だったものの顔が映り俺は大きな声を出しながら急いで引き金を引く。


 結果としては少し体力が削れただけで済んだが、それ以上に精神的ダメージがすごく俺の心臓は全力疾走した後のようにドクンドクンと大きな音を立てていた。ま、まさかゾンビとキスをする日が来るとは……マジで死ぬかと思ったわ。


「あっはははは……はぁ面白い」


「……分かっててギリギリまで言いませんでしたね」


「ごめんごめん、次からはしないから許してちょうだい?」


 けたけたと笑うタチさんに俺はじとりとした視線を送りながら態勢を整える。嫌な予感はどうしてこう的中してしまうんだろうか……まぁじで怖かったわ。


 その後も順調にゾンビたちを倒して行き、無傷では対応しきれない程ゾンビの量が増え始める。それと同時に俺とタチさんの阿鼻叫喚の声も増え始め、最終的にはゾンビの大群にもみくちゃにされてゲームは終わりを迎えた。


「最後のあれなんすか……あんなの絶対クリアできませんよ……」


「分かる。久々にやって思ったけどこのゲーム難易度おかしいね」


「身動き取れない程囲まれた時の絶望感はやばかったっす。……でもめちゃ面白かったです」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。それにしてもナツはFPSをやってるだけあってすごく上手だね。私が最初にやった時はここまで行けなかったもん」


 スコアを見ながら俺とタチさんは感想を語り合う。タチさん曰く初めてでこのスコアはかなり良いほうらしい。最後の辺りは無我夢中で銃を撃ちまくっていてよく分からなかったがFPSをやっている成果は出せたみたいだ。


「いやぁそれにしても疲れた。ナツ、まだ時間があるならちょっと落ち着いたワールドに行かない?」


「良いですよ、行きましょう」


「おっけ~」


 タチさんが置いてくれたポータルに入ると生活感溢れるマンションの一室が広がっていた。調味料がたくさん置かれたキッチンに様々な小物が置かれている棚、冬を想定して作られているのかリビングの真ん中にはこたつがあり、その上にはぐつぐつと煮込まれている美味しそうな鍋があった。


「よいしょっと……いやぁ楽しかったぁ」


 まるで家から帰って来たかのように座り、設置されているテレビから素早く音楽をかけ始めるタチさん。俺もそれに習うようにタチさんの対面に腰をゆっくりと下ろす。


「そういえばさっきから気になってたんですけどタチさんってVRTどれくらいやってるんですか?」


 先ほどのゾンビゲームをやっている時から気になっていることがあった。タチさんは一体どれくらいこの世界にいるのだろうか。色々な事を知っているし、口ぶり的にもかなり歴は長そうな感じがするが……


「んー?そうだなぁ……始めたのはちゅ……じゃなくて2年前くらいかな」


「おぉ……結構長いんですね」


「そんなことは無いよ、私より昔からやってる人もゴロゴロいるからね。多分パブリックに行けばうじゃうじゃいるよ?」


「うじゃうじゃ」


「それに昔やってたけど最近また戻ってきましたって人も多いし正直歴なんてあてにならないよ」


「そんなもんなんですかね……」


「そんなもんだよ」


 別に大したことではないとおどけるタチさん。俺知ってる、本当にすごい人は昔からやってても別にすごくない事の様に振舞うの。タチさんはああ言ってるけど普通にすごい事だよなぁ……。


「ってことはタチさん絶対フレンドたくさんいますよね。めちゃくちゃコミュ力高いですし」


「そんなにいないしコミュ力も高くないよ私は」


「またまたぁ~」


 謙遜するタチさんに俺は否定の言葉を返す。タチさんでコミュ力が低かったら俺は一体何になるんだよって言う話です……コミュ障…か。


「ナツにだから言うけど私現実リアルだと超が付くほどのコミュ障だからね?」


「子供でも信じませんよそんな噓」


「本当だって~。だからもし現実世界の私と会うことになったら優しくしてね?」


「まぁそんなことは無いと思いますけど了解しました」


「世界は広いように見えるけど本当は意外と狭いんだよ?」


 冗談を言ったかと思えばまるでこの世の核心を突くようなことを言い始めたタチさんに俺はなんて言葉を返したらいいか咄嗟に出てこない。


 タチさんがもしかしたら近くに住んでいるかもしれない、それで現実世界でも仲良くなってそれで──────って何出会い厨みたいなこと考えてんだ俺は。そんなラノベみたいなことあるわけないだろ。そういう夢を見るのは中学で終わりにしたはずだろ。


「一応頭の片隅には入れておきますね」


「うむ……ってもうこんな時間だ。私はここら辺で落ちるかな」


「分かりました、おやすみなさいタチさん。今日はありがとうございました」


「こっちこそありがとねナツ、それじゃあまたね~」


 タチさんがログアウトしたのを確認した俺は時計を確認する。時刻は既に12時を回っており、明日のことを考えるとそろそろ寝ておかないと授業中に寝る確率が80~90%になってしまうだろう。


「俺も寝るかぁ」


 数年前の嫌な記憶が一瞬蘇ったが俺は見て見ぬふりをして現実世界へと戻るのだった。

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