第8話 橘伊織は苦悩する
ど、どうしよう……話しかけたくても全然話しかけれない……。
昨日寝る前にうきうきで
でも正直あれはしょうがないと思うの、だって二人の会話を遮って「おはよう」なんて声を掛けたら絶対に「……?」と首を傾げながら変な顔をされちゃうじゃん!まぁ一旦挨拶は置いておいて何とかナツとの距離と縮めるべく話しかけたいところなのだが────
「ナツ、飲み物買いに行こうぜ」
「さっき先生何言ってるか分かったかナツ、俺全然分かんなかったんだけど……」
「もう少しでお昼だぁ……もう俺腹ペコでやばいんだが」
どんだけ二人は仲良いの!!休み時間に話しかけようと思っても話しかけることが出来ないんですけど!!
授業中にどうやって声を掛けようか、もし夏目君がこういう反応をしたらどう返そうかと色々脳内でシミュレーションを行い、いざ声を掛けようと息を吸ったところで毎回毎回隣でマルと一緒に楽しそうに、そして仲良さげに話をし始めるのだ。
いや良い事だと思いますよ、友情って言うのはとても素晴らしいものだと思いますけどそれにしてもずっと話してるじゃん!話しかける暇すらないじゃん!そういう会話はVRTの中でやってくれないと私も混ざれないじゃん!
自分のコミュニケーション能力の低さは棚に上げて会話すらさせてくれないことに私は頬をぷくりと膨らませる。
せっかく声を掛けようとあれこれ頭を悩ませているというのに……少しはこっちの気持ちを読み取って欲しいよ。※無理です。
4時間目の開始を告げるチャイムを軽く聞き流しながら伊織は隣の少年へとかなり理不尽な思いを抱く。しかしただの人間である夏目にそんな超人じみたことが出来るはずも無く、結局話しかけることが出来ないまま授業に入るのだった。
「マルー、ご飯食べようぜ」
「あぁ……わりぃナツ、今日は先約があってな」
「あーおっけ、いってら~」
「ボッチで食べさせるのは申し訳ないんだが……」
「何でボッチが確定してんだよ……いやボッチだけどね?」
お昼休みが始まって早々繰り広げられる会話に私は「はいはい、また二人で仲良く食べるんですよね?」と半ば諦めと共に耳を澄ませていたのだが、聞こえてくる無いように教科書を片付ける手がピタリと止まる。
「まぁ別にボッチは慣れてるからいいよ、早く行った行った」
「せっかく心配してやったのに……まぁいいやまたな~」
「あいよー」
……これは今世紀最大のチャンスなのでは!?!?
時はお昼休み、通常の休み時間に比べてかなりの時間がある。そして夏目君は今親友が居なくなって一人の状況。夏目君の言動的にお昼はこのまま一人で食べることがほぼ確定しているし、お弁当を机の上に上げていることから食堂に行くという事も無い。話しかけるなら……今しかない!!
……な、ななななんて声を掛けたらいいんだろう!?「授業難しかったね」とか「夏目君一緒にご飯食べない?」とか?いやあまりにもフランク過ぎない?昨日あんな態度取ったばっかりなのにいきなり友人の様に話しかけたら何こいつって思われること間違いない。
落ち着け私、まずはお弁当箱を出して私もここで一人お弁当を食べることをアピールするのだ。……さぁどうする?「昨日はごめんなさい、改めて私は橘伊織です。よろしくね夏目君」とかこんな感じが無難かな?……うん、まずは昨日の態度を謝るべきだよね。そして私はあなたと仲良くしたいんだよというアピールをすればきっと話を合わせてくれる……はず!
ドクンドクンと早くなる鼓動に気圧されぬ様、私はゆっくり大きく息を吸う。かける言葉は既に頭に思い浮かんでいる。後は勇気を振り絞って声を掛けるだけ!
「あの────」
「ねぇ橘さん!もし良かったら一緒にご飯食べない!?」
自分の思った言葉とは違う、しかしコミュニケーション能力の低い人に見られがちな言葉が出たその瞬間、夏目君の席の反対側から可愛い声が聞こえてくる。びくりと肩を揺らしながら声のした方へ体を向けるとそこにはクラスメイトの女子がお弁当箱を持ちながら立っていた。
「……丁度一人でどうしようかなって思ってたところなんです。声を掛けてくれてありがとうございます湯川さん」
「やった!あ、他にも人がいるけど大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ」
「ありがとう橘さん!こっちこっち!」
私は机の上に出していたお弁当箱を持ち、湯川さんに連れられ女子グループの輪の中へ入ることになる。「断る」という選択肢もあったのだが、後々の学校生活を考えると断らない方が良いと脳が判断を下したため、私は後ろ髪を引かれながらも私は湯川さんが用意してくれた椅子に腰を下ろす。せっかくのチャンスだったのに……はぁ……。
結局お昼休みはクラスの女子や男子と交流し、親睦を深めることになった。これはこれで良いんだけど私は夏目君との距離を縮めたかった……ま、まぁ?まだ時間はたっぷりあるし?ちょっとずつ、ちょっとずーつ距離を近づけていけば大丈夫!
「はい、それじゃあ皆さん気を付けて帰ってくださいね。さようなら~!」
「京ちゃんさようなら!」
「はいさようなら、それとちゃんと先生を付けてくださいね!」
「京ちゃん先生さようならー」
「むむ……怒るに怒れない……じゃなくて気を付けて帰ってくださいね~」
HRが終わり、放課後になる。部活動の体験入部は正式にはまだ始まっていないがちゃっかり始めているところもあるので、部活に向かう生徒もいくらかいるが多くの生徒は家に帰る事だろう。
け、結局話しかけることなく一日が終わってしまった……。
私は自分のコミュニケーション能力の低さとその他諸々に軽く絶望する。
とりあえず声を掛ける……VRTではあんなにスムーズに出来るのに、どうして現実だとこう上手く行かないのか……。
心の中で大きくため息を吐きながら片づけを進めていく。チャンスはあったはず、何度か声を掛けれそうなタイミングはあった。それでも何かを話そうと新鮮な空気を吸ってもそれは言葉にならずただ二酸化炭素を多く含んだ息となるだけだった。
確かにコミュ力は低いけどまさかここまで低いとは……高校始まって早々こんな現実知りたくなかった。
バサッ!
考え事をしていたせいか、机から1冊の教科書が地面に落ちてしまう。全く……人がダウナーな気分になっているのだから少しくらいは気を遣って欲しいものだよ。
私は態勢を変え、地面に落ちた教科書に向かって手を伸ばす。
ん……この感触は……!?
およそ教科書では感じ取れない柔らかさと丁度良い暖かさに私はびくりと体を揺らす。そして教科書に向けていた視線を急いで方向転換する。するとそこに私と似たような姿勢で教科書に手を伸ばしている夏目君の姿があった。
「あ、ごめん橘さん!」
夏目君は私と目が合うととても申し訳なさそうにしながらすごい勢いで手を引く。昨日のあれのせいで私に怯えている、ないしはそれに似たような感情を抱いているのかもしれない。
……もしかしなくてもこれはチャンスなのでは?
絶望の中に光を見出す。これは神が与えた最後のチャンスと言っても差し支えないだろう、それほどまでに今この瞬間は夏目君と会話をするのにうってつけだった。
お、落ち着いて私。ここはまず教科書を拾おうとしてくれたことに感謝をする、そしてそこから昨日酷い態度を取ってしまったことについて謝ればいい。伝えるべき言葉は……うん、大丈夫!これなら行ける!!
私は教科書を拾い、ゆっくりと上体を起こす。そしてすぅと息を吸い夏目君の方に顔を向ける。
「拾おうとしてくれてありがとうございます」
「……ごめんなさい」
昨日と同様、突き放すようなまるで「余計なことしないでくれるかしら」と言わんばかりの冷たい一言。おそらく私の顔は感謝を伝える時の物ではなく、嫌悪を表す時に浮かべるような表情をしているだろう。
や、やっちゃったああああああああああああ!!!!
私は頭を打ち付けたくなる衝動を抑え、自分の言動に再び絶望するのであった。
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