第7話 それ私です!!

「ふぅ……」


 先ほどまで頭に着けていたVRゴーグルをゆっくりと外し、私は大きく息を吐く。部屋に置かれている時計を見るともう既に11時を回っており、もう少ししたら明日がやって来る時間だ。


「ナツ……やっぱり夏目君だった」


 ベッドに仰向けになり、私は言葉を漏らした。声の感じ、喋り方、全てが今日初めて出会った少年の物と一致していた。


「ど、どどどどうしよう!明日声掛けてみたりする!?実は私がタチなんだよって私があのタチさんなんだよーって!!」


 私はベッドの上をコロコロと転がりながら妄想の世界へと入り込む。


「私がタチさんだって気付いたらナツはどんな反応するのかな……ふふっ、絶対良い反応してくれるよなぁ」


 ベッドに置いてあったぬいぐるみをぎゅっと抱きかかえながらにやにやと笑みを浮かべる少女……橘伊織には友達がいないのである。厳密に言うとVRTにはたくさん友達がいるが現実の世界には友達と呼べる存在が一人もいないのだ。そのためVRTで出会った人が隣の席の男の子だということに運命的な何かを感じており、テンションがやけに高くなっているのも仕方のない事なのである。以上、天の声でした。


「でもなんて声掛けたらいいんだろう……昨日は楽しかったね、ナツとか?でもいきなり声を掛けても何言ってんのこの人とかってならないかな?それに私とナツってまだ出会って間もないし、そんなに距離感近くないんだよなぁ……」


 そう、冷静に考えてみると私とナツは出会ってまだ数日しか経っていない。色々と説明をする時に雑談は交えたし、今日のワールド巡りでも結構親睦を深めることは出来たと思う。それでも出会ってから全然時間が経っていない。


 そんな状態で私が「タチ」であるという事を伝えても相手を困らせてしまうのではないだろうかという不安が頭をよぎる。これが数か月一緒に居てめちゃくちゃ仲のいいフレンドだったらすぐにカミングアウト出来たのだが……


「流石にもうちょっと遊んで仲良くなってからの方がいいかなぁ」


 そこまで仲良くなっていないのに「実は私が君を案内したタチさんなんだよ!」と言っても「あ、そうなんですね」と返されてしまったら私は普通に泣く自信がある。


「というか今日ナツにめちゃくちゃ不愛想な態度取っちゃったんだよなぁ……はぁ……」


 VRTでのやり取りでつい忘れていたが今日の私はナツ……夏目君にとてもひどい対応をしてしまったのだ。せっかく心配して声を掛けてくれたというのに私は突き放すような態度を取ってしまった。私の悪い癖だとは分かっているのだが、何年もあんな風に人と接してきたためそう簡単に治すことは出来ない。


「うぅ……私のばかぁ……」


 治すことは出来ない、でも後悔していないという状況なら良かったのだが私は残念ながら後悔もするし自己嫌悪にも陥る最悪なパターンの方に属している。


「これからは……優しくしよう……出来るだけ」


 自分に言い聞かせるように言葉を発するも、夏目君に優しく接している姿を頭の中で想像できず、不安の色がただ濃くなってしまう。


「そうだ!ちょっとずつ私がタチだってことを匂わせれば夏目君も気付くんじゃない?やばい、私って天才だったかもしれない!」


 少しずつ橘伊織ではなく、タチとして接する様にすれば夏目君も「あれ?なんかタチさんに似てない?」となるはず。そうなればきっとそのうちあっちの方から声を掛けてくれるはず。


「うん……それが良い、そうしよう!匂わせ作戦で私のことに気付いてもらおう!」


 優しく接することが出来るかどうかは一度置いておいて、私は自分の考えた作戦に思いを馳せる。頭の中では夏目君が徐々に気が付いていき、しばらくしてから私がタチさんであることに気が付くというシナリオが鮮明に上映されていく。


 うん、完璧。これで私もついにボッチじゃなくなる。VRTじゃない現実世界の私もついにお友達を得ることが出来る。


「ふふふ……高校生活すごい憂鬱だったけど、楽しくなりそうだなぁ」


 私は自分の妄想という名の湯船に身を任せる。すると体の内側から心地よさが広がり、次第に自分の頭がふわふわとしてくるのを感じる。


 明日は挨拶と一緒に今日のことを謝って……そしてちょっと話してるうちに仲良くなっちゃったりして……ふへへ……


 幸せな光景を思い描きながらゆっくりと意識を手放した。






「おはよナツ。相変わらず眠そうな顔してんな」


「おはようマル、朝から一言余計だぞ」


 自分の隣で行われる仲の良さそうな光景に私は緩みそうになった頬を引き締める。今ここで笑みを浮かべるとただ一人でにやにやしている気持ち悪い人になってしまうからだ。


「昨日はありがとな、めっちゃすごかったわ」


「良いってことよ、その代わり色んなところに引きずり回すから覚悟しとけよ~?」


「こっちとしては逆にありがたいんだけどな」


 分かる、初心者の頃って何すればいいか分からないから色々引っ張ってくれる人いると助かるよね。


 私は心の中で夏目君の言葉に反応する。ここがVRTだったらしれっと会話に参加することが出来るというのに……世の中はなんて世知辛いんだ……。


「というかタチさんって女性の方だったんだな」


 自分のコミュニケーション能力の低さに絶望している中、私の名前が話題に上がる。私は大きく揺れそうになった肩をカバーするべく、そのまま流れるように態勢を変更する。危ない……動揺のせいで変な動きになっちゃうところだった……ナイス私。


「ね、俺もびっくりした。普段は無言勢らしいんだけど、初心者には親切にしないとってことで話しかけてきてくれたんだよ。タチさんマジでいい人だわ」


 え……も、もしかして夏目君って私のこと好きなの!?


 そんな訳はない。橘伊織は現実世界での人間関係が皆無に等しいため、このように褒められるだけであほみたいな勘違いを引き起こしてしまうのである。これがVRT内で褒められたのなら受け流せるはずなのに……どうしてこうなってしまったのやら。


 はっ……危ない。思わず夏目君の顔をガン見しちゃうとこだった。


 私は動揺で動きそうになる体を何とか縛り付け、ばれない様に夏目君の方に視線を向ける。


「昨日喋ってみた感じすごくまともな人って印象だったし、優しい感じしてたな」


 そ、それ私です!実はそのタチさんが隣にいるんですよお二方!


「ね、初めて出会ったのがタチさんで本当に良かったよ」


 う、嬉しい……。でも恥ずかしい!出来れば私のいない所でそういう会話はして欲しい!


 その後も伊織はナツとマルの会話には参加できず、ただ心の中で相槌を打つだけのマシーンになってしまうのであった。

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