第4話 高校初日

 今日から晴れて高校生、新しい校舎で新しい人達と新しい事を学び始める。制服も学ランからブレザーの物へと変わり、少し大人になった気分だ。さぁこの太陽の様に晴れやかな気持ちで学校へ向かおう!


 なーんてことはなく、俺は未だ自分の視界を塞ごうとする瞼を何とか持ち上げ、新しい校舎へと足を動かす。昨日は春休み最終日という事で日がなFPSをやり続けた。長時間同じ姿勢で戦い続けた影響か6時間睡眠では体の疲れ全てを取る事が出来なかったのだ。


 本来なら今日から高校生の人間は緊張と不安、そしてそれと同量のワクワクを胸に秘めながら新しい学び舎へと向かうのだろうが俺は違う。初日から行くのが面倒だと感じ、今すぐ家に帰ってお布団とイチャイチャしていたいという感情が頭の8割を占めていた。


 出会いと別れの季節を知らせる桜も、新しいステージに移動した学生、大人たちを見守る太陽も今の俺にとっては目を痛くし、気分を下げるものでしかない。か、帰りたい……。


 今年から高校生な人とは思えない程の気怠さを醸し出しながら俺はようやく自分の教室に到着する。教室の中は中学校からの友達が一緒のクラスになり楽しそうに話をしている生徒と、知っている人がクラスにおらず一人でスマホをいじったり、ぼーっとしたりする生徒の2択に分けられていた。


 中には知り合いはいないが、隣の人と既に交友を深め、雑談に花を咲かせているコミュ強もいた。朝から知らない人と仲良くなれるとか……あれは完全に陽キャだわ。


「おいおい、高校初日にそれは流石にやめといた方がいいぞナツ」


 指定された自分の席に座り、HRが始まるまでの間少しでも寝ようとうつ伏せになってからすぐのこと。中学の頃から嫌になる程聞いた声が自分の頭の上から聞こえてくる。その声に反応するように顔を上げると見慣れた焦げ茶色の髪とそこそこガタイの良い体とそこそこ良い顔が俺の視界を埋め尽くす。


「おはようマル……そしておやすみマル……」


「語尾がマルとか言うよく分からないキャラになってるぞお前。後寝るな、起きろ」


「だって……昨日ゲームしすぎて眠いんだもん……」


「完全に自業自得だろ。どうせ午前中で帰れるんだから今日くらいはしゃんとしろよ」


 マルの二度の説得を受け俺はグググと体を伸ばし上体を起こす。座っているからか先ほどよりも体がとても楽だ。一生このまま座ってたいなぁ……嘘、やっぱ横になりたいわ。


「まぁそういうわけで今年もよろしくなナツ」


「こちらこそよろしく。マルがいるなら今年も何とかなりそうだわ」


「新しい交友関係を築こうとかそういうの無いわけ?」


「んー……まぁ村八分喰らわないくらいにはちゃんとしていくつもり」


「村八分て……まぁ多少のコミュニケーションは大事にしてけよなー」


 それから少しの間いつものように雑談を繰り広げていると担任の先生が教室に入って来る。通常であればシーンと静まり返るはずの教室だったが、先ほどまでのざわざわがより強さを増していく。


「はい皆さん、お話したいのも分かりますが席についてくださいねー」


「先生可愛い~」「めっちゃ美人じゃん」「うわ……好きだ……」


 担任の先生にランクを付けるのは少しどうかと思うが、Sランクの大当たりを引いたのは間違いないだろう。ふわふわとしたビスケット色の髪を揺らしながらにこりと微笑む童顔の先生。身長の低さと彼女の可愛らしい顔が相まってまるで同年代の様に見える。


「初めまして皆さん、想実そうみ学園へのご入学おめでとうございます。私の名前は工藤京香くどうきょうか、今年1年間このクラスの担任を務めます。どうぞよろしくお願いします」


「「「よろしくお願いしまーす!!」」」


 やけにテンションの高い生徒が数名見られたがクラスの雰囲気が明るくなるのを感じる。先生一人の力でここまで空気感が変わるとは……恐るべしだな。






 それから入学式にて校長先生のありがたいお話を聞いたり、生徒会長や新入生代表の挨拶を聞いたりと睡眠不足の俺にとっては全てが別の言語に聞こえるほど眠い時間を過ごした後に教室へと戻る。途中で気絶しなかっただけでも自分を褒めてあげたいところだ。


「はい、皆さん入学式お疲れ様でした。今日はこの後のHRで終わりなのでもう少しだけ頑張りましょうね」


 可愛い可愛い工藤先生からの励ましに生徒たちの元気はすぐさま復活。この調子だと工藤先生のファンクラブが出来そうで怖い。


「はい、という感じで連絡事項は終わりです。それじゃあ次はこれから1年間共に過ごす仲間を知る時間としましょう。皆の前で話すのが苦手な人もいるかもしれませんが自己紹介はとても大切ですので、名簿順に自分のことをお話していきましょう。じゃあまずは男子からお願いします」


 自己紹介……これは今後の学校生活においてとても重要なものだ。人間は第一印象が全てと言っても過言ではない、ここで失敗しようものなら最底辺のカーストにぶち込まれる可能性すらある。


 だが落ち着けナツ、ここで焦ってしまうのが一番悪手なのだ。高校デビューしましたと言わんばかりにイキると後々痛い奴扱いされかねない。ここは平々凡々な生徒を演じるのがベスト、陰キャでもなく陽キャでもない普通の感じで自己紹介がするのが最適解なのだ!


「それじゃあ次は夏目君」


「夏目悠です。趣味はゲームをすることです、1年間よろしくお願いします」


「はいありがとうございます。それじゃあ次は新田君」


 ……はい、終わったー。陰キャなのが確定でばれましたー。これはもう「あいつって陰キャじゃん」とか「うわぁ……根暗じゃん」とか思われてること間違いなしです、本当にありがとうございましたー。


 ゆっくりと椅子に腰を下ろした俺は数秒前の自分の行動に頭を抱えるのだった。

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