第2話 誰!?

『詰んだ。どこ行って何すればいいか分からん』


 俺はヘッドセットを外し、友人にSOS信号を出す。あんなにワクワクしながらVRを始めたというのに開始数分で止めることになるとは夢にも思わなかった。もうちょっと新規に優しくしないと人入ってこないよ……?


『あー、ごめん。伝えるの忘れてたわ。まずはTutorial World for Japaneseって検索して出てきたワールドに行けば大抵のことは何とかなる』


『それを最初に言ってくれればあんな絶望感を味わうことは無かったというのに……』


『ごめんて。本当は案内とかしてあげたかったんだけど今日は用事があるから出来ないんだよ』


『いいよいいよ、何か分からないことあったら後で聞くから』


『大抵のことは答えられるから任せろ。じゃあ頑張ってな~』


『あいよー』


 数分前にお亡くなりになった俺のVRライフ、復活を果たす。マル曰く日本人向けのチュートリアルワールドがあり、そこに行けばやっておいた方がいい設定やVRTの基本的な操作方法が分かるらしい。サイトを送り付けた時ついでにそのチュートリアルワールドについても教えてくれたらよかったのに……まぁいいや。


 俺は再びヘッドセットを身につけ、先ほどと同じ広場へと降り立つ。


「えーとチュートリアルワールド……お、これかな?」


 検索した結果表示されたのは車などによく貼られている初心者マークとよく分からない生物が笑っているワールド。日本のマークもあるし、ようやくチュートリアルが始まったと言っても過言ではないだろう。


「おぉ……!日本語だぁ!」


 日本語で表記された説明文に俺は感動を覚える。これでアメリカ語がさっぱりな俺でもVRTの事を理解することが出来る。


 最初に日本人なら簡単に解けるクイズを数問解いた後にチュートリアルワールドの中へと足を踏み入れる。このクイズ必要なのかなと思ったが、このクイズが無いと日本人向けのワールドなのに海外のプレイヤーで溢れてしまう可能性があるらしい。俺を含めた英語が出来ない人にとってはとてもとてもありがたい配慮だ。


「わぁ……」


 中に入るとそこにはとても広い空間が広がっていた。この空間を形作っているオブジェクトはシンプルでとても無機質なものだが、説明のために用意された写真や、広告やポスターなどによってどこか見慣れたような感じがする。


「順路って書いてるしこっちに進んでいけばいいのかな」


 でかでかと貼られているポスターを見たい気持ちを一旦抑え、まずはVRTの操作方法や設定方法を確認することにした。全ての説明が画像と共になされているためとても分かりやすく、特に迷うことなくおすすめされた設定に変更することが出来た。このワールドを作っただけでも十分すごいのに、こんなに丁寧に説明してくれるとかもう感謝しかない。


「それで次は……アバター?」


 基本的な説明を読み終え、次にやって来たエリアはアバターについて色々教えてくれるらしい。このVRTにはたくさんのワールドがあると同時にたくさんのアバターがあるらしい。このアバターを反映させて色々自分好みにカスタマイズすることで、自分が好きな外見になれるのだとか。キャラクリと似たようなものだと思っても問題ないかな?


「鏡……って今の俺の姿すごいな」


 「近づくと鏡になるよ!」と表記されている壁に近づいてみるとそこには絵が上手い人が使ってそうなデッサン人形に10秒くらいで書いたような顔が描かれたアバターが映し出される。このデッサン人形の頭の上に自分の名前である「ナツメグ」が表示されているため、これが今の俺の姿なのだろう。


「すごいなこれ……って喋ったら口動くのかよ!?」


 鏡に近づき独り言を呟くと、俺の声に連動してデッサン人形の口が動く。初期のアバターもこんな細かいのかよ……すげぇなVRT。


「えーと何何?……ビジターランクからビギナーランクになれば自分で好きなアバターをアップロードできるようになります。それまではサンプルアバターなどを使って色々なアバターを試してみましょう……で、これがサンプルってことかな?」


 「ここを押してね!」と書かれたボタンを押してみる。すると先ほどまではただの木の棒だった自分の腕に色が灯る。


「うわぁ!?すごっ!」


 自分の手を見てみるとそこにはまるで現実世界かと思ってしまうほど精巧に作られた肌色の手があった。すごい……ちゃんと手を広げたり握ったりできるし……というかピースもできるじゃん!すごっ!


 自分の手の動きに合わせてアバターの手も動いてくれることに俺は大きな感動を覚える。VRの世界に入ってから感動しかしていない気がするが……まぁいいか。だって実際にすごい訳だし。


「あっ、そういや鏡があったんだった……え?」


 俺は鏡で今自分がどんな姿になっているのかを確認する。……何という事でしょう、鏡に映しだされたのはどこにでもいる黒髪黒目のちょっと目つきの悪い少年ではなく、まるでアニメの中から舞い降りた黒い髪と赤い瞳を持つ美少女が映し出されていた。


「これが……俺なのか……?」


 ペタペタと頬を触り、まじまじと自分の身体を観察する。あどけなさを感じる可愛い顔、肩まで延びた艶やかな黒髪に燃えるような赤い瞳、ファッション雑誌に載ってそうなかっこかわいい洋服。……いや誰!?


「まじか……一瞬でこんな可愛い姿に……VRの世界ってすごっ」


 ペタペタと自分の身体を触りながら鏡に写る自分の姿に釘付けになる。……うん、俺可愛いな。


「ぐっ……足が動かせないのがちょっと難点だな。」


 この可愛いアバターの色々な所を見るために体を動かそうとするも足が動かない。せっかく可愛くなれたのだからその全身をちゃんと見たいなと思ったのだが……ぐぬぬぬ。


「んんっ!どうも~こんばんは~」


「!?」


 俺の身体がびくりと跳ねる。すぐさま声のする方へと体を向けるとそこには水色の長髪を揺らしながらこちらに手を振る美少女の姿があった。

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