再会は突然に、強烈に⑤
そう考えると何もかもがしっくりとくる。もしかしたらあの夜だって何もなかったのかもしれない。
ーーあの変態発言もそうだったのかな? ということはさっきの言葉も? きっと緊張のせいね。なら、納得だわ。
「秘書として、公私にわたり社長のサポート役。つまり、ビジネスにおいてのパートナーとして尽力してほしい、という意味ですね。承知致しました」
「いや、違う。俺は穂乃香と結婚したいと言ったんだ」
せっかくあの夜の変態発言を酔ったせいにしてあげたというのに。言うに事欠いてこの変態社長は、初出勤してきた秘書に向かっていきなりプロポーズとしかとれない台詞をのたまった。
穂乃香は驚きすぎてもはや言葉も出ちゃこない。ポカンとしてしまっている。
そんな穂乃香を置き去りにして、すっくと立ち上がった変態社長がコツコツと小気味いい靴音を響かせつつ、穂乃香の眼前まで歩み寄ってきた。
長身だとは思ったが、一八〇センチはあるんじゃなかろうか。加えて、男らしくキリッとした輪郭におさまった、凜々しい眉に切れ長のアーモンドアイ、上品にすっと伸びた鼻梁、形のいい薄めの唇。それらが絶妙なバランスで配置されたメンズモデル並みに整った面構えには、堂々とした風格がある。
そのせいか、間近で見ると迫力が凄まじい。
ポカンと見上げることしかできない穂乃香の肩にそうっと手を置き耳元に顔を寄せてくると、子宮に響くセクシーな音色を孕んだ甘やかなバリトンボイスで囁きかけてくる。
「履歴書の写真を見て確信してはいたが。うん、やはりこの香りだ。間違いない。あの夜、君に出会った俺は、君から漂っていたこの芳醇な香りに一嗅ぎ惚れをしてしまったんだ。こんなことは初めてだよ。俺と結婚してくれないだろうか」
茫然自失に陥っていたはずが、穂乃香は不覚にも変態社長の恐ろしいほどに整った麗しい相貌にうっとり魅入ってしまう。
頭の中では警鐘が鳴り響いているというのに、穂乃香は身も心も惹きつけられて瞬きさえも叶わない有様だ。
ふいに暗い影が迫ってきて、変態社長の顔が視界一面に映し出された。
その瞬間、ハッと我に返った穂乃香は目の前の広い胸板を思いっきり突き飛ばした。
これ以上にない拒絶の意を示したのだ。
だというのに……。手のひらに伝わってくる、変態社長の厚く逞しい胸板の感触に、ドクドクと驚きとは違う胸の高鳴りを覚えてしまう。
脳裏には、あの朝見た全裸の男の映像までもが蘇ってくる。
しなやかな筋肉に覆われ、色香を纏ったその様は艶めかしく、あたかも芸術品のような肉体美だった。
それらと一緒に必死になって変態社長を追いやることで抵抗を見せる穂乃香に、「すまない」と謝罪してきた変態社長はあっさりと解放してくれた。
なんとか変態社長の魔の手から脱することができたものの、安堵する間もなく。
「どうも俺は君の香りに、相当参ってしまっているようだ。これからは気をつけるようにする。だからまずは話を聞いてほしい。これからのことをゆっくり話したいんだ。ああ、心配しなくても、今後、重要な業務についてもらう君には、まず入社手続きに必要な書類の提出を済ませてもらう。その後は、俺との大事な打ち合わせだけになっているから、安心してほしい」
変態社長からかけられた爪の先程も安心できそうにない不可解な言葉の数々に、穂乃香の頭の中は、あたかも嵐が吹き荒れているかのような大混乱を極めていた。
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