第3話お試し期間は3ヶ月で

お試し期間は3ヶ月で①

 穂乃香の醸し出す香りに一目惚れならぬ〝一嗅ぎ惚れ〟をしたという社長に求婚されたものの、いきなりすぎて頭が追いつかない。


「と……突然、そのようなことを言われましても」


 困惑しきりの穂乃香に、社長は自分の特殊な性癖について朗々と語りはじめた。


「俺は人より匂いに敏感なところがある。匂いはオーラを放っているように見えるんだが、その人にしかない独特な匂いを醸し出しているんだ。これまでの経験上、好ましい匂いを醸し出す女性との波長も合うようだが、しっくりきた試しがない。だが俺の好みにピッタリな匂いを醸し出す女性との肌の相性が抜群にいいというのがわかった。君と出会ったおかげだよ。肌の相性も抜群だった君とならきっと上手くやっていけるに違いない。結婚するなら君しか考えられないんだ」


 性癖というのか特技というのか、そこかしこに不可解すぎる要素が混じっていて、一体何を言っているのかさっぱり理解できない。


 だが、社長はどうやら思い込みが激しい上に、匂いに敏感だという不可解な特技を有しているというのはわかった。


 おそらく匂いフェチなのだろう。


 ーーつまり、社長はあの夜直感したとおりの変態だったってわけですね。なるほど。よーくわかりました。


 そう言ってやりたいところだが……いくら変態とはいえ、相手はこれからお世話になる会社の社長。


 しかも直属の上司であるボスなので、出かかった言葉はぐっと呑み込むことにする。


「よくわかりました。私の匂いが気に入っただけであって、私自身を好きになった訳ではない、ということですよね?」


 ーーだったら、結婚なんてお断りだ。一刻も早く諦めてもらわなくては。


 仮にも大企業のトップに立つ社長なのだから、話せばわかってもらえるはず。


 何とか冷静になってもらおう、と投げかけた穂乃香の問いかけに一瞬は同意したものの、穂乃香を好きになるのはもちろん、好きにさせるのも、さも当然とばかりに言い放つ。


「まぁ、今はそうだが。時間を共有しているうちにお互い好きになるはずだ。だから君と結婚したい」


 社長はハイスペックな自身の見かけにも、不可解な特技にも、さぞかし自信があるのだろう。


 何より社長の纏う気迫や言動からは、何が何でも穂乃香と結婚するんだ、という気概が窺える。


 穂乃香は不覚にもたじろいでしまいそうになった。


 だが、自分に結婚の意思が全くないことを伝えるために言い募る。


「そ、そんなの分からないじゃないですか。それ以前に、今は誰かと付き合うなんて考えられません。社長だってご存じのはずです。あの夜、私が婚約者に裏切られ婚約破棄されたのを。ですので結婚には応じられません」


 だが残念なことに、社長からは穂乃香が望んだ言葉は得られなかった。


「もちろん覚えているとも。君には気の毒だが、おかげで理想通りの香りを醸し出す、素晴らしい女性と巡り会うことができた。俺にとっては幸運なことだよ」


 感慨深げにそう言うと、自嘲じみた笑みを湛えた社長が過去の恋バナを語り始めた。


「これまでは、本当に散々だったからな」


 これまで、大企業の御曹司である奏に、どぎつい香水を振り撒きながら猫なで声で擦り寄ってくる女性に辟易していた、から始まって。


 交際経験はあっても、自ら告白したことは一度もなく。見た目が好ましくても、好みの香りでなかったり、やや好みの香りを醸し出す女性との交際を経ても、結局は社長の地位や見かけだけで中身を見ようともしなかった女性に本気にはなれず、いつも長続きしなかったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る