再会は突然に、強烈に③

 ーーこれからは仕事に生きるって決めたんだし、スキルを磨くためにも目一杯頑張るぞ!


 気合いも充分だったはずが、いざ社屋を前にすると途端に足が竦んでしまう。


 今日が出勤初日である穂乃香にとっては、あたかも敵地に踏み入るような心地だ。


 怖じ気づいてしまいそうになる己を鼓舞するため、今一度両手でパチンと頬を挟むように叩くと、もう振り返ることなく社屋へと足を踏み入れた。


 ***


「ーーでは、秘書室にご案内しますね」

「はい。よろしくお願い致します」


 人事担当から諸々の説明を受けた穂乃香は、配属先である秘書室へと赴こうとしているところだ。


 緊張の面持ちで深々と頭を下げる穂乃香のことを人事担当の竹本が優しい声で気遣ってくれる。


「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。社長秘書の柳本やぎもとさんから、葛城さんのことは大変優秀な方だと伺っております。すぐに慣れますよ」

「……あ、ありがとうございます」


 褒められて悪い気はしないが、どうして社長秘書の柳本という人物が穂乃香のことを知っているのだろうか? という疑問が浮かんできた。


 だが一緒に働くのだからリモートで行われた面接の画像を見ていてもおかしくはない。


 元職場でもそういうことはあった。


 なので穂乃香は早々にそうなのだろうと結論づけると、竹本に促されるままに秘書室のある最上階に向かうためエレベーターのゴンドラへと乗り込んだ。


 秘書室は十人前後で構成されており、五十代と思しき穏やかそうな男性・久我山くがやま室長が取り仕切っているようだ。


 久我山は、物腰が柔らかく気さくで、この人の下ならやっていけそうだな、と穂乃香はホッと胸を撫で下ろしつつ歓迎ムードの秘書室の面々にペコリと頭を下げた。


「葛城穂乃香と申します。不慣れなため色々と至らないこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」


 自己紹介も終え一通りの説明を受けた穂乃香が与えられたデスクに腰を落ち着けて程なく。何かを思い出したように手のひらを拳でポンと軽い調子で叩いた久我山が、取って付けたような台詞を口にする。


「そうだ。葛城さん。君には先日就任したばかりの社長の第二秘書をお願いしようと思っているんだけどね。今から挨拶に行っておこうか? 今なら社長も朝のコーヒータイムだからちょうどいい。うんうん」


 転職したばかりだというのに、どういう訳かトップである社長の第二秘書という重要な職務を任されてしまったようだ。


 穂乃香は戸惑う暇もないまま、同じフロアにある社長室へと連行されてしまうこととなった。


 それだけでも驚きだというのに……。


 重厚な扉をノックし入室の許可を得た久我山に続いて社長室へと入室した穂乃香の前に、社長として現れたのはーー


 なんと、元婚約者に婚約破棄されたあの夜一夜を共にした変態男だったのだ。


 驚愕のあまり危うく大声で叫び出すところだった。だが根っからの優等生である穂乃香は、出勤初日にそんな失態など犯せない、と気合いと強い精神力とでどうにか抑え込んだ。


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