第2話再会は突然に、強烈に

再会は突然に、強烈に①

 あの最悪な夜からもうすぐ三ヶ月が経とうとしている。


 季節は四月上旬。


 厳しい冬の季節を耐え抜き我こそはと競うように咲き誇る桜の木々が、コンクリートで埋め尽くされた無機質な都会の街並みに春らしい彩りを添えている。


 時節柄、人でごった返した満員電車には、真新しい制服に身を包んだ新入生や着慣れないスーツ姿の新入社員と思われる人たちの姿がちらほらと見受けられる。


 自分も、他の人の目に同じように映っているのだろうか。穂乃香の頭にふとそんな考えが過る。


 ーーそんな訳ないか。もう二十七なんだし。きっと人生に疲れたアラサーに見えてるんだろうな。そりゃ、弟にも心配される訳よね。


 続いて脳裏に蘇るのは、昨夜無料通話アプリで交わした弟・いつきとのやり取りだ。


『姉貴、本当に大丈夫なんだよな?』

「もう、樹ってばしつこい。さっきから大丈夫って何度も言ってるでしょ。学費のことはお姉ちゃんに任せて、あなたは勉学に励んでなさい。わかった?」


 この春、大学に入学したばかりの樹に余計な心配をかけたくなくてそんなことを言ったが、全然大丈夫ではなかった。


 穂乃香と樹は、幼い頃に父を亡くし母が女手ひとつで育ててくれた。だが、その母も二年前に他界している。


 以来、猫の額ほどのアパートで弟と身を寄せ合うようにして暮らしてきたが、弟が進学とともに大学の寮に入ったため、穂乃香は一人暮らしを始めたばかりだ。


 母親の残してくれた生命保険もあるにはあるのだが、それほど大きな金額ではない。


 母方の祖父母が九州にいて時折連絡をとってもいる。


 けれど、母の兄である伯父が営む電器店の経営が思わしくないようで、とてもじゃないが頼れるような状態ではなかった。


 他にも、母の妹である葛城かつらぎ雪という叔母がいる。


 雪は大学進学を機に上京しており、一流企業に新卒で入社して以来重役の秘書を務め続けている、現役のキャリアウーマンだ。


 実は雪に憧れて秘書を目指すようになった。


 雪は姉御肌タイプで、穂乃香と樹のことをいつも気にかけてくれている。よく相談にものってくれていた。


 何かあれば、力になるから頼りなさい。事あるごとにそう言って声をかけてくれている。


 だからこそ、余計な心配はかけたくなかったのだ。


 式に招待する予定だったため婚約破棄したとは伝えたが、キャンセル料のことまでは話せずにいた。


 婚約破棄された上に式場のキャンセル料まで全額払う羽目になったなんて、そんなこと口が裂けても言える訳がない。


 しかも、母が残してくれた生命保険でキャンセル料と奨学金を払えば残金は雀の涙ほどしか残りそうにない状況だ。


 だというのに。元彼が妊娠させた相手というのが重役の娘だったため、秘書課に勤務していた穂乃香は退社せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。


 何とも理不尽な話だが、世の中なんて、そんなものなのかもしれない。


 一介の社員でしかない穂乃香には、地位も名誉も権力もお金も、両親さえもいない、ないない尽くしなのだから。


 だからこそ、意地になってしまったのだ。自身の性格が恨めしいが、くよくよしていても状況は変わらない。悪くなる一方だ。


 樹に心配をかけないためにも、何とかしなければーー


 穂乃香は自嘲気味な笑みを浮かべてから表情をキリリと引き締めた。そうして己を鼓舞するために、頬をパチンと叩いて喝入れ完了。


 信用できるのはこれまで培ってきたスキルだけ。


 ーースキルをもっと磨くためにも仕事一筋で頑張らなきゃ!


 仕事モードに武装した穂乃香は、気持ちも新たに、試練のように絶えず押し寄せる人の波を掻き分けながら、今日から新しい職場となる会社の最寄り駅へと降り立ったのだった。


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