第61話

「もうこんな時間ではないか。私はこれで失礼致します。では。では。では」


 ウォルフリック赤くなったままその場をそそくさと去って行った。途中オイルが気になるのか手袋をはめるのに立ち止まっていた。ぶっとレオンが吹き出し、それを戒めたランハートの肩もわずかに揺れている。


「“では”って何回言うんだよ。かっわいいな。あんな人だとは思わなかった」

「ああ、なんだろうな。彼を見ていると胸がぎゅっとなる」

 ランハートはレオンに同意し、頬を染めて心臓あたりをぎゅっと掴んだ。

「わかる。そうなの、そうなのよ! 彼を見ていると応援したくなっちゃって、疑似恋愛が味わえるの」

「疑似恋愛? 」

 レオンとランハートはリティアの方を見つめた。リティアは、気持ちがその疑似恋愛で昂ったままに言った。


「そう。私も恋をした気分を味わえるの。あの喜びが溢れた瞳を見た? 」

「ああ、そうか。人の恋愛話は面白いよな」

 レオンはすんなり同意してくれたが、ランハートは複雑な笑みを浮かべた。

「リティ、別に疑似ではなく……」

 ランハートの言葉の意味がわかったのか、レオンも取り繕うような笑みに変わった。

「いいえ、私は今はまだ恋愛がが出来ないからこうやって話を聞くのが楽しくって」


 二人は顔を見合わせて恐る恐るという風に口を開いては閉じた。普段は何も考えてないかのように軽口をたたくレオンも、慎重に言葉を選んでいる。頭の回転が速いランハートさえすぐには言葉が出てこない様子だった。リティアは二人の顔を交互に見ながら、なぜ変な顔をしているのか首を傾げた。が、自分の言葉を頭の中で反芻するうちに失言だったと慌てた。

「あ! 私は、物心ついた時から結婚相手が決まっていたでしょうだから、片思いというのを経験したことが無くて」

 リティアは慌てて言い訳めいた補足をしたが、二人は真顔で「俺もない」「俺もだ」と頷いた。


「レオンもランハートも引く手あまたでしょうに。まだ、話はまとまらないの? 」

 貴族の結婚は契約結婚が主で、いわば家同士の利害の一致だ。

「話は、親がまとめるんじゃないか。知らないけど。俺は来るもの拒まず、去る者追わず。だから、片思いなんてしたことないね」

「そうだった、レオン、あなたってそうだったわね」

「まあね。次男の俺に継ぐ爵位もないし、もう少し好きにするかな」

「じゃあ、ラン、あなたは? 」

 リティアがランハートに尋ねるとランハートはふん、と鼻を鳴らした。ランハートの自信に満ちた顔はリティアは嫌いでは無かった。

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