第49話

「手荒れにオイルを塗ると良くなるのですか? 」

 リティアは、改まって言った割にウォルフリックの質問がごく普通で返答が一瞬遅れた。

「は、ええ。乾燥した際には保湿出来ますし、手荒れ予防にもなります。お好きな香りのついた物は癒しにもなりますわ」


 手荒れで悩んでいたのかとウォルフリックの手をチラリと盗み見た。剣を持つだけあってごつごつした手だった。

「香り……そうですか。私も時々荒れはするんですが、剣を持つのにオイルは滑りそうですね」

 ウォルフリックはにこり笑った。彼に恋心を抱いていないリティアさえ惑わされてしまいそうなウォルフリックの笑顔に、リティアは自分がしばらく見とれていたことに気が付かなかった。

「……リティア嬢? どうされましたか」

「あ、いえ。その、話しやすい方ですし、異性の友人がいらっしゃらないのも不思議で。アカデミーには通ってらっしゃらなかったからでしょうか」

 確か、アカデミーにウォルフリックは通っていなかった。もし通っていたら彼の容姿では令嬢たちが黙っているはずもなく、リティアも気づかないわけがなかった。

「ええ、子供の頃は母方の祖父母のところで過ごしていたものですから」

「……そうなのですね」


 夫人の実家ということは異国なのだろうか。なぜ父のいる王都ではなく、夫人の実家で過ごしたのだろう。リティアは疑問に思ったがそれを詮索しない教養はあったし。気安く聞ける間柄では無かった。ふ、とウォルフリックが吹き出したのに気づいて、リティアは顔を上げた。

「複雑な事情があったわけではなく」

 ウォルフリックはここで言葉を切るとリティアの耳に口を寄せた。

「あまり格好いい理由ではありません。父の多忙の中、母は慣れない異国での生活でホームシックになったのです。そして、療養のために実家へ帰ったのですが、お恥ずかしながら、甘えん坊だった私は母に着いて行った、ということです」

「“甘えん坊”! 今の凛々しいシュベリー卿からは想像出来な……」

 リティアは無意識に気軽な物言いになっていることに気づき、はっと口に手を当てた。それと、“凛々しい”など本人に向かって軽薄にも口にしてしまった。

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