第40話
「なるほど。わが国の教育は基礎的なもの。本来貴族の子供なら家庭教師をつけて学ぶ事柄です。だが、金銭的に余裕のない平民では難しいので、身分に分け隔てなく教育を受けられるアカデミーを設立しました。文字を読む、書く。識字率の向上。商売をするのに必要な計算、それに子供が飢えることのない食事の提供。成長期の飢えは人間性にも影響します。この教育方法は、貴族や平民相互にメリットもあって。一つは、貴族にとって、個別に家庭教師をつけなくていいということ。彼ら貴族も平民もですが、王室と同じ講師から学べるという平等性。貴族は王立アカデミーに子供を通わせることで王政に忠義立てする姿勢を示せる。子供としては他人と競うことで自分の確立、他者との関わりを学べる。平民は自分の時世にどんな人間が領主になるのか。貴族側は平民と直接関わることで数多くいる“平民”ではなく血の通った人間であることがわかる。お互いの顔を知っているといことはそういう事です。貴族にとって基礎教育を教える講師を探すのはそう難しい事ではありません。難しい知識ではありませんからね。しかし、家庭教師ではないアカデミーの講師は雇い主の貴族におべっかを使うことなく公平にジャッジが出来る。おのずと優秀な者がわかってきます。貴族だから優れているというわけじゃないことを。アカデミーを出てからの高等教育は今のところ本人の希望と推薦です。そこからは専門の知識を持つ者を講師にしなければならない。そうなると、探すのは至難の業です。見つけても、彼らの本業は研究ですから受けてもらえるかわかりませんからね。だが、優秀な者であれば彼らも教えることを厭わないしょうし、優秀な者には投資したい貴族も多くいるでしょう」
「つまり、基礎のみをアカデミーで学ぶ。なぜなら帝王学のようなものは満遍なく教えても意味がないということです。あと能力があれば平民でも世襲以外は可能性がある」
マルティンが付け加えるとヴェルターは苦く笑った。
「頭脳に身分は関係ないが、学べる環境には大きく隔たりがある。それを解消するのが目的です」
「結局、貴族でも平民でもいい奴はいい奴だし、いけ好かないやつは身分問わずにいるということです」
マルティンが当時を思い出すように口を挟んだ。アンはそれをおかしそうに肩を揺らした。
「ええ、マルティン、本当にそうだと思います。ですからぜひその子供たちの様子を見せて下さい。もう一つ、幸いフリデンのお陰で我が国も潤ってまいりました。自分たちの産業が外国人にとって価値があるということも。……それもこれも、わが国を開いてくれた御国のおかげです。そこで、こちらから悪くない提案をしたいと思います。これはまだ公にはしていないのですが」
アンはここで声を潜めた。
「実は、新しい財源になるであろう鉱山が発見されまして」
アンはにやりと笑った。ヴェルターをはじめ、その場にいたものは凍りついた。かつて大混乱を招いたほどの金脈である鉱山が見つかったという情報を他国に漏らしていいのだろうか。
「取引を、したいと思っています」
アンがそう言うとさっきまでの和やかな雰囲気は一変した。
「取引というと、もはや私では対応出来ないのでは」
ヴェルターは非公式の場で取引というアンの言葉を訝しむ。
「いえ、あなただから出来るのです」
「それは、一体……」
アンは優雅にカップからお茶を一口啜った。
「私どもは、ラゥルウントとフリデン王国のシュテンヘルム、この国堺にある鉱山を手放していいと思っています」
「手放す、とは」
「フリデンに譲るという事です」
ヴェルターは、そんなうまい話があるはずがないと思った。ヴェルターに限らずそう思うのが普通だ。
「それで、そちらの条件は? 」
「ふふ、ええ。今まで通り街の通行料は頂くとして、新たな鉱山発掘の技術力を貸していただけませんか」
「それだけですか? それなら他国が黙っていないでしょう」
「ええ、そうでしょうね。今他国から攻め込まれても我が国に対応できる軍事力はありませんから。そこでごく平和的に国境の鉱山を御国に受け渡す方法があります」
それが、自分にしかできないことなのだろうかとヴェルターは考え巡らせた。
「我が国と契約を結んで頂きたい」
「ええ、それはもちろん。契約なしでは進められませんから」
「婚姻です。婚姻契約。そして、国境の鉱山は持参金ということに致しましょう」
アンの提案は、単純に
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