第36話

「では、良い縁談があるのですか」

「ない」

 すっと笑みの引いた顔でアデルモは言い切った。

「では、想う令嬢がいらっしゃるのですか」

「いない」

 こちらの返答も早かった。どう返したものかわからずにいると、アデルモはふっと眉を下げた。


「いやな、正直縁談が無いわけじゃない。ところが貴族の、相手を望む未婚令嬢とくれば、ヴェルター、お前ほどの年の子になるんだ。さすがに甥っ子と同い年の令嬢はなぁ。こんなおっさんじゃ気後れしてしまう」

 自由そうに見えるアデルモは女性に対しては謙虚なところがあるのだろうか。確かに今結婚相手を探すのに躍起になっているのは成人前後の令嬢だろう。だが、

「叔父上もお若いのですから」


 ヴェルターがそう言うとアデルモは片方の口角を上げて不敵に笑った。

「うむ。今や俺は政治的選択がそう重要で無くなってな。ある意味気楽になってよかったと思っている。自分の趣味趣向でああでもないこうでもないと欲を出すとな、かえってモテなくなってしまった」

「つまり、叔父上、高望みしすぎた、ということですか」

 高望みしても良い人なのだが、とヴェルターは首を傾げる。

「時にマルティン」

 マルティンはヴェルターとアデルモの似ている個所と似ていない個所を見つけて楽しんでいたので、急に話を振られて体を浮かせた。

「は! なんでしょうか」

「俺の何が駄目なんだろうか」


 王国一二の頭脳でもアデルモの欠点は見つけられなかった。マルティンはおっべっかを使うことに慣れていなかった。なぜならマルティンもおべっかを受ける側だったからだ。史書の解析なら得意なのに。マルティンはヴェルターがに言った言葉を思い出した。殿下には一目ぼれ、ではその叔父はヴェルターにさらに色気を足したようなお方。


「私がレディなら、例え一晩でもお願いしたいくらい魅力的でございます」


 マルティンはおっべっかにとことん慣れていなかった。護衛の騎士たちがサッとマルティンから距離をとったように感じた。

「レディなら! って言ったでしょうが! では、あなたたちはこの方を見て令嬢たちが正気を保てるとでも!? 」

「……いえ。お相手願いたいほどです」

「私もそう思います」


 騎士たちは忠実だった。

「うむ。君たちは、えー、後で剣のお相手を申し受けよう」

 アデルモは気を良くしたようだった。が、マルティンは変な噂が立たぬよう

「例え、さっきのは例えですからね」

 と、廊下を歩く間言い続けた。

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