第34話

◇ ◇ ◇ ◇

 

 シュテンヘルム辺境伯は自ら最前面でヴェルターを迎えた。すっとヴェルターに静かな挨拶をすると、ヴェルターも彼に敬意を示した。沈黙が数秒、領主、シュテンヘルム辺境伯、アデルモ・フォン・エアハルドは次第に顔を歪め、それに気づいたヴェルターが後さずった。


 現国王の年の離れた弟君、ヴェルターの叔父である。彼の容姿、王族を象徴した真珠色の髪はヴェルターよりやや黒っぽく輝く。ヴェルターより少し濃く色づいて見える瞳、よく似ている。違うのは上背と服の上からでもわかる鍛え上げられた身体だろうか。向かい合えば、ヴェルターの方が分が悪いのは明らかだった。じり、とヴェルターが踵を後ろに引いた時だった。アデルモはヴェルターが引くより早く前進した。


「ヴェルター!!!! 」

 壁面に飾られた豪華な金縁の肖像画が彼の大音量で揺れる。がっちりと太い腕でホールドされてはヴェルターは受け入れるしかなかった。彼の気が済むまで。まるで幼子にるみたいに頬をすり寄せぎゅうぎゅうと抱きしめる様に、初めて見る侍従や護衛騎士は止めるべきか体を揺らし、不安げに周りの者の顔を伺ったが、マルティンが大丈夫だと制止した。


 気品ある外見に不似合いな歓迎に、そこにいる者たちは何とも言えない表情で見守った。


「お兄ちゃんだよ、ヴェルター。あぁぁああああ、大きくなった。ん、まだ小さいな? 肉、おい、今日は肉をたんまり出してくれ。ちゃんと食事はとってるのか? 」

 ぎゅうっと大きな手でヴェルターの頬を挟み、マルティンが類を見ないほどの容姿だと思ったヴェルターの御尊顔はぺちゃんこになっていた。

「ほひふふぇ」

「ん? なんだいヴェル」

「いふぁいふぇす」

 ヴェルターは何とか狭い隙間から抜け出すと、

「叔父上、痛いです」

 と自由になった口で今度ははっきりと伝えた。


「はは、ちょっと興奮してしまったな。みんなも長旅ご苦労だったまずは湯あみでもして疲れを癒すと良い。それからは、もてなそう。なぁに、護衛はうちの者に任せるといい」


 アデルモはヴェルターと10ほども離れていない青年で、ヴェルターの幼少期は叔父というより兄妹のように育った。王宮にいる時はまだ細かったが、シュテンヘルムへ来てからは見違えるほどにたくましくなった。彼は国王の弟でありヴェルターの叔父であることはそっくりな容姿が無ければ信じがたいほどかけ離れた――豪快な男だった。そして、彼は彼の甥を溺愛していた。成人を翌年に控えた人間に対しての扱いが取れないほどに。


「叔父上、僕はもう子供ではありません」

 ヴェルターの抗議にアデルモは目じりを下げた。小さい子が大人ぶったのを微笑ましく見る目だった。

「そうか、そうかぁぁあ」

 また押しつぶされては敵わないとヴェルターは機敏に彼の手を避けた。

「すまん、つい」

 可愛いもので、とアデルモは小声で言った。

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