第33話

【シュテンヘルム辺境伯】


移動先で、その都度そこの領主である貴族の屋敷に宿を借り、都度もてなされたヴェルターはありがたくも困憊していた。政治的な便宜を図ろうとする者、非公式の行事が何かを探る者、一番多かったのがこれだ。自分の年ごろの娘、親族の娘を勧める者。一番の目的は王太子であるヴェルターだが、同行させた仕官、騎士、つまり良家の子息を狙う者たちだった。


 どれもオリブリュス公爵を恐れ、偶然を装って場を設けるのだから質が悪い。宿を世話になるのだから無下にも出来ず、適当にあしらっては来たが

「復路が憂鬱だな、マルティン」

 ヴェルターがため息交じりに言うとマルティンはおかしそうに肩を揺らした。

「いやあ、あからさまでしたね。殿下がダメなら、他の男でもいいということでしょうか。なかなかにわかりやすい」

「それはそうだろう。マルティン。君は未だ婚約者のいない身。しかも王国で一二を争うほど優秀だ。私がレディでも君を狙っていたかもしれないよ」


 マルティンは、王国一の、いや、どこを探しても――もっとも世界人類を全て見たわけではないが、見なくてもわかる。彼より美しい人はいないだろうと確信している。――そんな根っからの王子に純粋に褒められては、恐れ入りますともごもご言って赤面するよりなかった。


 マルティンは気を立てなおしながら世界で最も美しい男にお返しをする。

「私がレディならヴェルター殿下に想いを寄せていたでしょうね。私ごときが安易に近づけない高貴な方ですから、遠くから見つめているくらいでしょうけど。そうすれば、殿下の容姿にひとめぼれといったところでしょうか」


 まさか、マルティンに容姿を褒められると予想だにしていなかったヴェルターも赤面したことで馬車の中に、照れあう妙な空気が流れた。


 辺境伯の領土に入り、屋敷まで少しとなったところでヴェルターは口を開いた。

「マルティン、私に言い寄る女性たちが欲しいのは、私ではなく権力だ」

「……そんなことは」

 無いとは言い切れないが、それだけではないだろうとマルティンは思う。

「私は能力も容姿も特段優れているわけではないからな。いいんだ、マルティン。これからもっと精進するつもりだ」


 ヴェルターはいつもの柔らかな表情をきりりと引き締めて、マルティンにこれ以上のお世辞は必要ないというように笑ってみせたのだった。マルティンはなんて自己分析の出来ない人なんだと呆気に取られ、帰ったら王太子宮の姿見をしっかり磨くように侍女に言いつけなくてはと思った。ヴェルターは自分にだけ厳しかった。

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