第4話 王子、苦悩する。

第21話

――王太子宮、執務室。


 オリブリュス公爵邸より戻って直ぐの事だった。ヴェルターは上着を脱ぐとソファの背もたれに掛け、自身もソファに身を沈めた。上着を預かろうとする侍女に断りを入れる。一人になる時間が必要だった。


 ヴェルターの顔から笑顔は消え、浅い溜息を吐いた。

「あと、一年か」

 呟き、顔をしかめた。リティアと会った日は、言いようのない疲労感に襲われる。気持ちを切り替えなければ、と思う。何度か息を吐き行き場のない感情を逃す。それでも感情を持て余していると、タイミングよくドアがノックされた。入って来たのは補佐官、マルティン・アルデモートだった。宰相を父に持つ文官で、ヴェルターが国王に即位した際は父に継いで彼が宰相になるのではとささやかれている。やり手ではあるが野心が表に出ない穏やかな男だった。


「殿下、お戻りになられましたか」

「ああ」

「……お疲れのご様子で」

「あー……、いや」


 王国トップクラスの頭脳を持つにもかかわらず、愛嬌もあるのはあっちこっちに飛んだブラウンの髪のせいだろうか。ふん、今日は比較的マシか。ということは雨は降らないのだろう。彼の癖っ毛は湿度の高い雨の日はもっと激しく踊るのだ。彼の髪の散り方で天気をはかるのはヴェルターの日常だった。


 ヴェルターは彼の髪と、グレイの瞳をぼんやりと見ていると、いつの間にか自分の髪を一束つまんで手遊びしていたらしい。

「髪、どうかされましたか」

「なぁ、マルティン。私の髪は、少し明るすぎないか? 」

「はぁ、髪色、でございますか。しかし、王族の方々はその髪色を代々引き継いでいらっしゃいますし、もはや高貴な色の代名詞になるほどでございます」

「……そうだな。一目見れば王族の血縁だとわかるだろうな」


 色を変えたり出来ないのだろうか、とヴェルターは思うに留めたつもりが口に出してしまった。マルティンははっと眉を上げると、何かを悟ったかのようにヴェルターの気持ちに寄り添った。


「ええ、わかります」


 彼の言葉には同情心が混じっていて、ヴェルターは何がだろう、とマルティンの顔をよく見ようと数回瞬きをした。


「ここのところもう何年もお忙しい状態が続いておりますし、成人されるとますます余暇などないに等しいでしょう。わかります、わかります。実においたわしい。全く自由もなく、そのたぐいまれなる光り輝く容姿ではお忍びで出かけるのもままらないでしょう」


 マルティンは人の話を聞かない所がある。が、ヴェルターはもう少し聞いてみようと思った。彼は、頭は切れるのだ。齟齬をきたしてはいるが、何か妙案が飛び出てくるかもしれないと期待したからだ。

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