第22話

「あることには、あるとの噂でございます。一時的ではありますが……外見を変える魔法薬が」

「はあ。一時的に変えても……」

 仕方ない気がするのだが。ヴェルターの髪色や瞳の色は全国民が知るところだ。今更変えたところで何があったのか国民の憶測が飛び交うことになるだろう。ヴェルターだってどうしようもないことがわかっていて口に出してしまっただけだった。……リティアが“白飛びしちゃってる”などと言ったものだから。自分とずっと一緒にいるリティアの目の配慮すべきか、いや、正直少し傷ついたのもある。


「ええ、たまには誰の目も気にせずに自由にお出かけになりたいことでしょう。そのあたり私も理解はあるつもりです」

「ああ。そうだな」

 そうかは知らないが、ヴェルターは彼を肯定した。

「幸い、王制の膝元首都ルーイヒは大変治安が良い」

「ああ、そうだな」

 まどろっこしいマルティンの話にも、ヴェルターは付き合える辛抱強さを持っていた。

「王太子でいらっしゃる今がその時」

「ああ、そうだな? 」

「そうですね、もうすぐ建国祭がございます。その時にお忍びでいってらっしゃいませ」

「は、どこにだ」

「素性が露呈しては行きづらい場所、でございましょう? 」

「だから、どこだ」


 マルティンは声のトーンを落とす気遣いを見せた。

「娼館、でございますね」

 

 ヴェルターは耳に口を寄せていたマルティンからバッと離れた。……ぐったりと項垂れる。

「マルティン、君は時々、とんでもないことを言い出すのだな」

「何も恥ずかしがることはございません。年ごろの男であれば、興味を持つのも当然のこと」

「待ってくれ、マルティン。いいか、私だって色事に興味が無いわけではない。が、わざわざ高級な魔法薬を隣国ラゥルウントから買ってまで素性を隠し娼館へ行きたがる男に見えるか? 」

「……。見え、ません」


 ヴェルターはマルティンの返答が寸時遅れたことに片眉を上げたが、話を続けることにした。ここは、大事なところだった。


「もし、妻以外の女性と関係をもってしまったら、私生児をつくってしまう可能性だってあるだろう? 素性を隠そうと、

私の子供は子供で、この髪色を引き継ぐ可能性もあるのだから。いくら娼館の女性が避妊に知識があろうと。また相手が厄介で、後々他人を私の子だと言い張られても否定できないではないか。……一時の快楽のために、国民とリティアの信頼を台無しにする気はないのだ」

「ごもっとも。それは失礼致しました。確かに、殿下には素晴らしい婚約者がいらっしゃるのですからね」

「……そう、だな」


 王太子ヴェルターはいつものように微笑んだ。

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