第8話

――婚約が破談になったとして、まずは父と国王の関係だが、父である公爵が地位を失う心配は絶対にない。母の実家だって名だたる貴族で力はある。そもそも王太子側の理由で婚約破棄がなされるなら国王は父に負い目を感じるだろう。よって、父の役職はそのまま。国王と父の関係が婚約破棄後も変わらないとなれば、今回の婚約破棄は一層政治色が強まる。王太子が婚約破棄したのは公爵令嬢と婚姻を結ぶより悪女と婚姻を結ぶ方が利点があったのだと貴族たちは察するだろう。


 上位貴族のリティアには不名誉な婚約破棄された令嬢というよりは政治に翻弄された令嬢として同情が集まるのではないか。いや、反対に考えれば、一国の王太子妃に選ばれるほどの完璧な令嬢ということになる。確かに、幼い日から王太子妃に、ゆくゆくは王妃にと育てられたリティアには欠点など無かった。加えて贅沢になど興味のないリティアなら選べるほど相手に困らないだろう。


「逆にモテちゃうかも? 」

 思わず口からでた下世話な物言いに、リティアは口を押え、慌ててドアの方を伺ったがミリーはまだ戻ってこないようだった。


 リティアは安堵するともう一度考えを巡らせた。帝王学の主たる教育が終わるまでに、悪女は登場するだろうと思っていた。が、まだ登場しないのだ。婚約破棄が言い渡されそうな大きな出来事も終わってしまった。残りは建国祭か、成人の儀か、結婚式くらいだろうか。さすがに結婚した後に離縁されると、その後の人生は平穏無事には過ごせないだろう。


 ほんと、早くして欲しい。悪女さえ現れてくれたら、後は上手くやるつもりだった。ヴェルターの感情による婚約破棄であろうが、政治的要因があるように見せる方法を考えるつもりだ。


 先に親たちにこの事が露見してしまえば、何とか婚約破棄を撤回させるように手回しされかねない。いくらリティアがヴェルターの幸せを祈っていると言っても強がりだと憐れまれるだけだろう。


 ――いいのよ、本当にいいの。私は大丈夫なの。だからね、悪女様、まだですか?

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