第7話
ミリーをやり過ごせてホッとしていたリティアだったが、翌日になって安易な誤魔化しをしたことを後悔することになった。
「失礼します、お嬢様。夕べのうちに声を掛けておきました」
ミリーに続いて部屋に入って来たのはマダム・シュナイダーだった。
「ご無沙汰しております、リティア嬢」
全くご無沙汰では無かったが、侍女の優秀さとマダムの流れるような挨拶にリティアはおもむろに立ち上がり、身を委ねるしかなかった。彼女が来たという事は、新しいドレスを作るということなのだ。
「王太子殿下と宮中でお会いするときにお召しになりたいそうですわ」
何も言ってないのにやたらと王太子だとか宮中だとかを強調するミリーを咎める気にもなれず、されるがままだった。
「まああぁぁあ。なんて素敵なんでしょう。それでしたら男性の視線を意識したものはいかがでしょう。レディはデコルテが大変美しいのでいつもより少し……」
マダムは話しながら出来上がりが見えているかのように見えないドレスのラインを拾っていく。
リティアはコウモリも避けるほどの高音を出すマダムに心の中で顔をしかめながらうんうん頷くミリーを目の端で捉えた。事実、王室も御用達のデザイナーであるマダムに任せておけば間違いは無かった。例えば、宮中にふさわしくないドレスなどははなから除外してくれるのだ。
ドレスの打ち合わせが終わりマダムが部屋から出て行くと、ミリーは満足そうに微笑んだ。
「王太子殿下も褒めてくださいますよ」
「……そう、だといいんだけど」
「ええ。あのドレス姿を見て褒めない男性などいらっしゃいませんわ。ですが、殿下が何ておっしゃったかは教えて下さいね」
ヴェルターならどんなドレスでも礼儀として褒めるだろうけれど、そうは思っても口には出せず、このドレスが出来上がれば宮廷に行った際は王太子に会わなければならないではないか。リティアは面倒なことになったと思ったが、ミリーに心情を悟られないようにはにかんでみせた。そんなリティアの演技はミリーを騙せるほど上達していた。
ミリーは、ほう、とため息をつき恍惚とした表情を浮かべた。
「最近あまり王太子殿下のお話をされないものですから心配していましたが杞憂でしたわね」
リティアはミリーの鋭さにドキリとしたが、それも何とかやり過ごした。――危ない。さすがはミリー。今後はもっと気を付けなければ。ミリーに婚約破棄のことが前もって露見してしまうと大変なことになりそうだわ。
もし、婚約が破談になったら。リティアには熟考する必要があった。二人の結婚は二人だけの問題ではないからだ。気持ちだけではどうにもならないことではある。
でも、とリティアは思う。婚約破棄によって起こりうる可能性の不条理をミリーのいないわずかな時間で挙げる。何とかなるはずだ。
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