第2話 悪女様、こちらの準備は整っておりますよ。

第3話

――いつの間にか眠っていたらしい。明かりを消すと眠くなるというのは過保護に育てられた長年の習慣からリティアに刷り込まれたものだった。

 

 瞼越しで部屋が明るいのがわかった。……朝だ。


 コンコンとドアがノックされ、頃合いをみて侍女ミリーが入ってきた。

「おはようございます、お嬢様。……まぁ、少し目が赤くなっているのではありませんか……夕べは」

 ミリーは一瞬で目ざとくリティアの小さな異変を察知する。

「大丈夫よ、いつもと変わりないわ」

 リティアはこの後にミリーの小言が続く前に遮った。夕べ考え事をして(いつもよりは)眠るのがお遅くなったなどと言ってしまえば今度からもっと早く寝台に押し込まれるに違いなかった。さっと目を逸らしたというのにミリーはじっくり観察する目を緩めることは無かった。

「まあいいでしょう」

 腰に手を当ててミリーはおおよそ納得したようにいつものようにリティアの身支度を始めた。実に無礼な対応にも思うがミリーは完璧にまでにリティアを管理し仕える、リティア以上にリティアをよく知る人物だった。信仰レベルのリティアファーストなミリーにリティアは任せるより他なかった。なぜならそれが一番平和に時間が過ぎるからだ。


 もう、過保護なんだから。そうは思うがリティアはミリーの忠実な献身に弱いのだ。


「さぁ、では顔をお洗いになって。本日はヴェルター殿下とお会いになる日ですからね」

「……はい」


 月に一度王太子が公爵家のリティアへ訪問することになっている。公式ではない分、堅苦しいものではないが、年々、特にここ最近はあまり良い雰囲気とは言えなかった。この訪問以外にもリティアは宮廷への立ち入りを許可されていたが、社交の場である庭園に顔を出す程度でヴェルターに謁見は求めていなかった。そう、この日は婚約者とはひと月ぶりの逢瀬――になるのだろうか。幼い頃はヴェルターとの時間が待ちきれないほど楽しいものであったのに。


 ここでため息でもつこうものなら、すぐさまミリーが熱でも測りに駆け寄るだろうとリティアのため息は手水の中に消えて行った。ミリーの用意した心地よい水の温度に感心していると、絶妙なタイミングで渡されたやわらかなリネンで顔を拭った。


「さあさ、今日はお部屋で朝食を召し上がっていただきますからね。殿下とのティータイムまでに食べ過ぎてはいけませんから」

 ミリー自ずから運んできた朝食は量は少ないながらもバランスも彩もよく、リティアはいつものことながら関心しきりだった。


 リティアの控えめな朝食が終わるころには着替えも用意されていて、そのドレスもまたリティアが今日のドレスはそれがいいと伝えようとしていたものだった。……婚約破棄はいいけれど、ミリーが居なくなるのだけは困るわね。リティアはミリーのブラシに後ろに髪を引っ張られながらそんなことを思った。

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