第2話

この容姿からもヒロインで間違いないだろう。ああ、と両手で顔を覆う。ヒロインだ。ヒロインだけど……。そうじゃない。きっとそうではないのだ。おぼろげな記憶の片りんをかき集める。正当な話であれば実際に結婚するまでに悪女と呼ばれる“悪役令嬢”が現れ、散々悪事を働きヒロインを苛め抜く。やがて悪女の罪がヒーローの活躍で露呈し、断罪される。そして最後はその試練に耐え抜いたヒロインがにヒーローと結ばれるハッピーエンド。悪女の役割はいい感じに物語の紆余曲折を盛り上げ、二人の愛をより強固なものにする手助けをすること。


 だが、そうではない。正統な物語の流行は終わったのだ。悪女は実は断罪されるほどの事はしておらず、むしろ世界を変えるほどの自由な女性性解放へのパイオニア。ヒーローには目もくれない自分軸のしっかりしたぶれない人。自分に興味を示さなかった悪女にヒーローは逆に彼女の事が気になり始め、彼女を知ろうと接触を謀る。そこで実際に見た彼女の異端ともいえる本当の姿、魅力に取りつかれる。


「“ふ、面白い女だ”とか何とか言って笑うのよね」

 普通、淑女に対して面白い女は誉め言葉ではないけれど……。ヒーローが発する“面白い女”というセリフはヒーローが悪女に魅かれているという一つの証拠だ。間違いない。きっともうすぐ悪女と呼ばれる女性が登場して、今まで散々ちやほやされてきた私は嫉妬に駆られ感情のまま自分勝手に行動したことによって罪を犯す。そして王都から、ひどい場合は国外へ追放でもされるのだろう。悪女、と見せかけてそっちが真のヒロインよ。

 

 つまり、自分は悪女とヒーローの恋心を盛り上げるための存在。

 リティアは自分がいずれ婚約破棄される運命だと悟った時こそ慌てふためいたが、よくよく考えればそう悪い事では無かった。王太子妃はリティアには荷が重かったらしい。ほっとする感情にそう認識した。ずっとどこかで気を張っていたのだ。


 婚約者のフリデン王国王太子――ヴェルター・フィン・エアハルドは生まれながらに王位継承が約束された高潔な存在だった。長い付き合いであるリティアでさえ、声を荒げたのを聞いたことがない、温厚な性格。端正な姿かたちからは知性があふれ出ていた。上に立つ者の資質を生まれながらに兼ね揃え、そこに教育後天性礼儀作法マナーが備わっていた。……完璧な紳士。


 だが、リティアは彼と婚姻を結ぶことに夢見たことは無かった。どのみち貴族の婚姻に愛や恋は重視されない。親が地位や情勢、政治的内情で決める。今回の事で言えば、リティアの父、オリブリュス公爵と王が古い友人であったからだ。


 リティアのヴェルターに対しての想いは、尊敬と友愛。胸が揺さぶられるほどの熱情は無かった。だからこそ、リティアはこの王太子妃立ち位置を譲る決心ができたのだ。

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