【カクヨムコン10中間選考突破】【短編】NTRれたけど、主人公とよりを戻したいと思ってた幼馴染の話
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【短編】NTRれたけど、主人公とよりを戻したいと思ってた幼馴染の話
「うん、いいよ」
「そうだよね、私なんか……って……え?」
幼馴染の私―――
ダメもとで言ったお願いだったが、意外にも答えはYESだった。
私が侵してしまった罪を考えれば、ほぼ奇跡にも近い反応だった。
幼稚園の頃の私たちは、実の兄と妹のように仲が良かった。
中学に入って、異性として意識し合い始めた結果、付き合うことにもなった。
だが、そんな関係も、あの日私自身がすべて打ち砕いてしまった。
高一の夏の日、強引に誘われてとはいえ、彼に黙ってラブホテルに金持ちの先輩と入ってしまった、その日に。
そう、あの日私は彼を裏切り、彼は私を寝取られたのだ。
あの後金持ちの先輩が麻薬取締法違反で逮捕された後、私は彼の所に戻ってきた。
本気で、よりを戻そうとしたわけではない。
都合が悪くなって掌を返してくるクソ女を演じることで、彼に思いっきり拒絶されるつもりだった。
幼い頃からずっと一緒にいた彼に拒絶されることで、自分の侵した罪の重さを自覚しなければならない、そう思ったのだ。
「そこまで言うなら、よりを戻したいな。僕、やっぱりキミの幼馴染だしね!」
「よ、ヨウ君……ほ……本当に? 一度、裏切ったのに??」
そんな私を、曇り一つない眼で見つめてそう微笑むヨウ君―――
寝取られた人間の瞳とは思えない。穢れを知らない少年そのもののように見えた。
私を寝取られたことを、知っていたらこんな表情にはならないはずなのだが、彼が知らないわけはない。
彼自身の目で、
「当然だよ! 幼馴染の僕が信じなかったら、誰が君のことを信用するって言うんだよ尚子ちゃん!!」
「ヨ、ヨウ君……」
嬉しい……
嬉しいよ、ヨウ君……
すっごく嬉しい……
一度裏切った私を、優しく許してくれるなんてすっごく嬉しい……!!
もう一度彼とやり直せるだなんて、私、今人生で一番なんじゃないかってぐらい幸せ……!!!
けど……
嬉しいけど……
幸せだけど……
今、私とよりを戻すと……
彼……
(
絶対今後の人生で、また誰かに裏切られるなぁ……!!
……というか多分私がまた裏切るなぁ……!!
だらしない自覚はあるし……
(もうちょっと人を疑うってこと覚えなよヨウ君……!!!)
◆ ◆ ◆
「今までのことは全部水に流すよ。さっ、もう一度僕とやり直そうよ尚子ちゃん!」
澄み切った瞳でそう促してくるヨウ君。
まるで私を寝取られたこと自体記憶から消し飛んでるかのようだ。
優しい……
優しいけど……
優しいけど、その優しさが逆に怖い…………!!!
(正直者がバカを見るって聞いたことないの彼……?)
現時点で流されるだけの人生を歩んでるよ彼……!!!
彼女の私にあんな裏切られ方したんだからもっと自我とか持ちなよ……!!
裏切られないために自分の意志でものごとを考えなよ……!!
現時点だとどんな詐欺にも引っ掛かりそう彼……
「じゃあ早速、またデートに行こうか!! どこがいい? キミのいいところならどこでもいいよ」
「………………………………………………………………えっと」
目の前にあるはずの、一度失った幸せ。
もう一歩前に出れば、取りもどせるはずの幸せ。
……何かが違う。
何かが違う気がして、私はその幸せをつかみあぐねていた。
受け入れてくれたはずの彼に、近寄れなかった。
頼み込んだのが、私自身であるにも関わらず、だ。
「……ヨウ君、よりを戻す前にさ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
よりを戻す前に、私は一言二言質問をすることにした。
このまま幸せをつかむのは、彼にとっても、私にとっても違う気がしたのだ。
「……彼氏持ちの友達が、よく言うんだけどさ」
「うん」
「恋愛のいいところって、お互いが一緒にああしたい、こうしたいって気持ちを伝え合って、お互いをもっともっと知れることにあるんだって」
中学時代私から付き合おう、と言ったのも、幼馴染の彼のことを、もっともっと知りたいと思ったからだ。
「ヨウ君は、私と付き合ってて、私にこうしてほしい、ああしてほしい、って思ったことってあるかな?」
「んー……」
しばしあごに手を当てて、考えるヨウ君。
「……特にないかな。キミが行きたいところへ行って、やりたいことをやってくれれば、それで満足だし」
「…………」
……多分単純に今の彼と付き合ってもつまらないなぁー……
いやそりゃ一つの優しさではあるけどさ……そういう彼の優しさも好きだけどさ……
私が許されない裏切りをしたとはいえ、彼が恋愛面でつまらないのは事実だなぁ……
「うーん、じゃ、じゃあね? 復縁一回目のデート先は、座間実商店街がいいな!」
「あっあそこいいよね!! キミが美味しいって言ってた映画館前のアイスクリーム屋で、またアイス食べようよ!!」
「……………………」
……NTR目撃現場がデートコースに指定されても表情一つ崩してないなぁ……!!!
寝取られた男がここまで純真な少年のままってことある……?
今んところ主体性ゼロだよキミ……
私に都合よくプログラムされたロボットって言われても信じてしまいそうだよ……
何か彼に自我のようなものはないんだろうか……
あ、そうだ。
「そ、そうだ!! キミ、私以外で誰か気になる女の人いるんじゃない? そういう人がいるなら、ヨウ君なりに考えてから結論出してみたら!!??」
「え、そんなこと言われても、あんまりキミ以外意識したことないしな……」
私以外意識したことないならなおさら私が寝取られた後どうするつもりだったんだ、と訊きたくなったが、今はそんな場合ではない。
脳内データベースから、彼に気がありそうだった女性を検索した。
「あっそうだ!!!」
結果、一人見つかった。
「ほら、キミと同じ文芸部のあの卯月弓子先輩!! あの人キミに気があるみたいだったよ!!」
「あの先輩か……うーん……」
あの先輩は文芸部でも彼をよく気にかけていた記憶があるし、手を繋いで歩いている私たちを見て、彼女がよく嫉妬の入り混じった目で見つめていたことも憶えている。
容姿端麗・頭脳明晰でモテない要素などない先輩だし、私なんかよりもよっぽど恋人になった男性を幸せにしてくれそうな女性だった。
「あの先輩、確かに美人だけど……」
「美人だけど、何……?」
「何かとお節介なんだよなーあの人……もっと人を疑え、世の中みんなが君みたいな善人じゃない、って。いやいや、そんなの僕の勝手でしょっつーか……」
…………絶対その人と付き合ったほうがいいなぁー…………
…………絶対その人と付き合ったほうが彼は幸せになれるなぁー…………
…………いや幸せと言うか、不幸にならないための生き方を身に付けられるなぁー……
「僕がキミを寝取られて落ち込んでた時もさ、あの先輩慰めてくれるかと思ったら、あなた自分の考えってものがないの? もっと自分自身がどうしたいかを考えたらどうなの、自分を裏切った彼女にもっと怒ったらどうなのって。いやいや、それこそ僕の好きにさせてくれっつーか……」
……絶対彼女の方が彼のこと本気で愛してるなぁー……
……彼のこと本気で想っているからこそ、厳しいアドバイスしてるなぁー……
私と違って本気で彼のこと好きだなぁー……勝てる気がしないなぁー……
「ま、そんな先輩よりさ」
固い決意をしているかのような口調で、ヨウ君は私に向き直った。
「僕たち、幼馴染じゃん。昔っからお互いを知ってるんだから、一回つまずいてもやり直せるし、絶対に一緒に恋愛してもうまくいくよ」
その水晶のように澄んだ瞳。
一度裏切った私のことを、かけらほども疑っていない瞳。
それを見た時、私の脳内で。
この先、彼を待ち受ける何かが見えた気がした。
何かの、未来予想図が。
騙される未来。
逃げられる未来。
何かを背負わされる未来。
恋人と道連れに、不幸になっていく未来。
別に、私はエスパーではない。
ただこの瞬間、はっきりと確信できた。
私のような女と付き合っていると、
彼は、将来―――
「だからさ、もう一回やり直そうよ、昔みたいに楽しくやろう!」
なんの曇りもない微笑みで紡がれたその言葉に、私は決意を固めるように息を呑み込んだ。
そうだな。
私は、昔っから彼のことをよく理解してる。
そう、だからこそ―――
「…………目を覚ましなさい…………」
「…………え?」
「目を覚ましなさいって言ってるのよバカッ!!!」
パシンッッッ!!!!!
気がついたら、彼の頬にビンタをかましていた。
口と同時に手が出てしまった。
「痛っっ……な、尚子ちゃん??」
思わず頬を抑えて戸惑うヨウ君に、やりすぎた、と思ったが、こうなったらやけくそだ、とばかりにまくしたてることにした。
「最初からアンタとやり直す気なんかこれっぽっちもないっつーの!!! アンタみたいな主体性がなくって自分の考えがなくって、誰かに怒ったりもできないチョーつまんない男とはねェ!!!!!」
「えっ……さっきよりを戻そうって言ったのは君じゃないか!」
「試したのよアンタを!!! 一度裏切られた女にさっそくもう一回ダマされるなんてバカじゃないの!!??」
ヨウ君の「いいよ」という言葉で、私たちはもう一度やり直せるはずだった。
また昔のように、仲良くできるはずだった。
「大体裏切るかなり前の時点で飽き飽きしてたんだから!!! つまんないし味気ないし男としての魅力ゼロだもんねアンタ!!!!!」
至近距離まで迫っていたはずの幸せが、風にさらわれるように再び遠ざかっていくのを感じた。
そして、私は察した。
こう叫んだ今、この幸せを得る機会はもう二度と得れられないのだろう、と。
「アンタとなんか二度と会いたくない!!! 口もききたくない!!! 二度と私の前に顔見せんじゃないわよバ――――――カ!!!!!」
「ちょ……ちょっと!! どこいくんだよ尚子ちゃん!!!!」
呼び止める声も無視して、私は校則も無視して廊下を走り去った。
悔いはない。
あるわけがない。
私ごと、幼馴染の人生を悲惨なものにするルートを、回避させられたのだから。
(悔いは……無いんだ……)
気がついたら。
頬を汗がつたっていた。
目からも、大量の汗がにじみ出ていた。
(あんな
その日、私は転校届を出した。
彼から逃げるように。
◆ 十五年後 ◆
「ごめんね冬子、お母さん
逃げるように冬子との通話を切った私の視界に、仕事場の窓ガラスに反射した今の自分の姿が写った。
すべてを裏切り、すべてに裏切られてきたような哀れな女が、そこにいた。
私立の高校を転校してからの十五年間、私は別の男に何度も抱かれ、そして捨てられた。
初体験の時と同じだ。うわべだけの優しい言葉を振り撒いて近づいて来る男にホイホイついていき、抱かれ、そして捨てられる。それを繰り返してきた。
冬子―――今電話で話した女の子は、私と男の一人との間に生まれた娘だ。
男は私が妊娠したとわかった途端、別の女と街を出ていった。
オロす勇気も起きないまま、産んでしまって今に至る。
田舎ではシングルマザーで、高給の仕事など限られている。
必然、私のような人間は夜の街が仕事場になる。
親でも頼りにできればいいのだけれど、男の一人が反社だったことが原因でとっくに縁を切られている。
ちょっとだけ、大通りに近づいてみよう。
歓楽街はゴミが多いし通行人もヤカラが多いし、いるだけで心がすさむ。
市の目抜き通りと歓楽街をつなぐ裏路地なら、少しの間であっても落ちつける。
「……ハァ、今夜もシケてるわね」
季節は十二月下旬。夜の歓楽街は寒さが骨身にしみる。
休憩中の夜の女であれば、尚更だ。
仕事服の真っ赤なドレスも、毎日買ってるタバコも、体を芯から温めてはくれない。
(……ま、温かさを自分から手放したような人生だったもんね……)
昔は男に貢いでもらえばそれで済んだが、自分ももう若いとはいえない。
あの娘が自立するまで、私働けるのかな……
最近はこのままこんなジリ貧な生活が今後も続くようなら、いっそあの娘と一思いに……と、ぼんやり考えることすらある。
男に裏切られ、見捨てられるだけの人生は孤独だった。たとえ子供と暮らしているとしても、偶然孕んだ子供であれば他の母親ほど愛着がわくわけではない。
実質、寄りそう者などいない一人ぼっちの人生だ。
自分の人生をそんな風に振り返って、ふと思う。
信じていてくれる、見捨てないでいてくれる男が一人でもいれば、私の人生は少し違ったのだろうか。
そこまで考えてふと、私の脳裏に若かった頃、幼かった頃の思い出が浮かんだ。
結局あの後、幼馴染の彼とは二度と会わなかった。
そう、彼とは……
(…………………………………………もう名前も思い出せないや)
幼馴染であり、運命の人になるかもしれなかったはずの少年。
そんな彼の名前すら忘れてしまった自分に、思わず苦笑した。
随分と、遠いところまで来てしまったようだ。
どのみち地獄であっても、彼を道連れにしていれば、孤独だけでも紛らわせることができたのかもしれない。
やはり私は、十五年前のあの日、選択を誤ったのだろうか。
おそらく人生数百度目の、ありもしない世界線の思案をしていた、その時だった。
「おねーさん」
ふと、その少年と、目が合った。
あまりにあどけない視線を前にして、私は携帯灰皿にタバコを納める。
見た目は5歳児、といったところ。
純真無垢で、他人の悪意など概念すら知らないかのような少年の顔。
どこかで見たような、少年の顔。
その顔が興味深そうに、私を見ていた。
職場の同僚の子供でもないかぎりこんな子供が私たちのテリトリーを出歩くはずがないのだが、それにしては品のある顔立ちと服装だった。
どうやら自分でも気づかないうちに、歓楽街から街の中心街にまで近づきすぎてしまっていたらしい。
「おねーさんは、さんたさん?」
私の赤い服を見て勘違いしたのだろうか、幼児らしい問いが飛んできた。
幼児が触れるには早すぎる職業の私にとっては、その問いと視線が逆に痛かった。
「……サンタさんがこんな暗い顔をしてると思う? 坊や」
目と台詞だけで、それとなく言外に、あっちへ行ってくれ、と伝えた。
でも、澄んだ瞳の少年には、意味を全く理解できていないようだった。
「でも、おねーさんは……」
もう対応のしようが無いから、無視して自分たちの住処たる歓楽街に戻ろうとした、その時だった。
「こらッッッ!!! タカシ!!!!」
子供を叱る大声が、大通りから響き渡った。
建物と建物の間で、声がしばらく反響する。
「ダメじゃないか、暗い道を一人で歩いて、知らない人に話しかけたりしちゃ!!!」
近づいてきた三十代ほどの青年男性は、幼児の両肩をガシッとつかみ、真剣な表情でタカシと呼ばれた幼児を𠮟責した。
(…………え…………)
「お父さんもお母さんも、いつも言ってるだろう? 一人でどこかへ行っちゃダメだ、知らない人について行っちゃダメだ、って。いつどこで、悪い大人がタカシのことをダマそうとしているかわからないんだからな?」
「…………ごめんなさい、おとーさん…………」
「……わかってくれればいいんだよ。無事でよかった」
(…………この人…………)
怒っていた表情を弛緩させ、安堵の表情でタカシ君の頭を撫でる男性。
その男性を視界におさめた私の体は、色々な感情で震えていた。
何か長年閉じられたままの、扉が開いた気がした。
顔も名前も思い出せなかったはずの、私にとってのかつての男、運命の男になるはずだった男が、そこにいたのだ。
鍵で扉が開くように、その顔だけで、かつてのことも、彼の名前も、思い出すことができた。
「うちの子がすいませんでした……って、あれ? あなたは……」
目が合った。
逃げる間も、両手で顔を隠す暇もなかった。
まずい。
今の自分を、彼に知られてしまう。
「洋平くーん?」
「あっこっちでーす、弓子さん!」
「おかーさーん!!」
「タカシは……見つかったみたいね。よかった……」
ほどなくして、目の前の親子に声をかけてくる三十代ほどの女性が近づいてくる。
彼女にも、見覚えがあった。
とても美人になったな、彼女。
タカシ君は、彼と彼女の子供なのか。
いや、それよりも、彼に、今の自分を知られてしまう。
そんな色々な思いが渦巻いて、パニック状態になりつつある私の脳内。
「……あれ?」
そんな私に追い討ちをかけるように、私に視線を向ける、弓子と呼ばれた女性。
「あなた、どこかでお会いしたような……えっと……」
記憶を探り出す弓子さん。
逃げ遅れたとばかりに、苦悶の表情を浮かべて目を逸らすしかない私。
「弓子さん」
彼が何かを察したように、彼女にそう言った。
万事休すだった。
「……他人ですよ」
――――――――えっ――――――――
「こんな人、顔も見たことがないっ……」
「……そうだっけ……?」
「ともあれ、うちの子が大変失礼いたしました」
「い、いえ……」
完全に、予想とは違う答えが彼の口から飛び出した。
なぜか、彼が【顔も見たことがない】という言葉を強調しているように聞こえた。
その言葉に弓子さんは、腑に落ちない表情のままながらも、納得していた。
その後謝罪の言葉と共に、視線を合わせるのを避けるかのようなお辞儀をした彼に、私はただただ相槌をうつことしかできなかった。
「…………それより! 向こうの角を曲がって座間実商店街に入れば、予約してたケーキ屋はすぐそこだぞータカシ!!」
「ほんとー? おとーさん!!」
その後彼は、私などいなかったかのように、タカシ君を肩車に乗せて、大通りへと歩いて行った。
「タカシの大好物のチョコレートケーキ、買ってあげるからなー!!」
「やったー!!!」
「あと、弓子さん」
「あら、私にもプレゼント?」
「明日は有給取りました。タカシはシッターさんにお願いしますから、一緒に映画、観に行きましょう! もちろん俺の奢りです!」
「あらっ、久しぶりね」
「たまには久々の映画デートもいいなって思ったんですよ、高校時代みたいに!」
「あなたもようやっと、異性好みのデートを考えられるようになったわねー。付き合い始めた頃の受け身っぷりが嘘みたいだわ」
「ちょっとー、昔の話でからかわないでくださいよー!!」
「フフッ」
……
…………
……………………
「…………………………………………」
遠ざかっていく彼らの会話を、私はただ立ちすくんで聞いていた。
あっという間の出来事だったが、自分にとっては決定的な出来事だった。
(幸せな人生、歩んでるんだ……)
冬なのに、汗が頬を伝った。
(主体性も……)
目から出た、汗だった。
(ちゃんとあるんだ……ッッッ)
昔、自分から彼と離れて以来流した、汗だった。
数十秒ほどだったかもしれないし、数十分ほどだったかもしれない。
その後、その裏路地で、私は少女のようにしゃがみこんで泣いていた。
何を表す涙だったのかは、自分でもわからない。
ただ、感情がほとばしっていた。
この感情を例えるとしたら、何だろう。
迷子の少女が、やっと親と再会できた。そんな感覚だった。
情けない話かもしれないが、あの時、あの時間だけ、私の心は昔に戻っていたのだと思う。
そう、十五年ほど。
やがて、涙もひいた。
私は、しばしの沈黙の後曇った夜空を見上げた。
ふと、思ったことがあったからだった。
(クリスマスプレゼント……………………
そう思うと、両脚が自然に立ち上がり、私の職場へと歩みを進めていた。
「センパーイ!! さっそくご指名入ってますよー!!」
「今行くわ。ちょっと、休憩してただけよ」
「アレ? なんで目ェ赤いんですかー」
「充血充血。仕事上疲れ目にもなるわよ」
「困りますよー、倒れたりされちゃー……アレ? 雪、降ってませんかー?」
「……ほんとね。ホワイトクリスマスね」
私は夜の街に戻った。
職場に戻り、おしゃべりな後輩と他愛無い会話をしつつ、仕事に戻った。
今日はクリスマス・イブ。
休憩時間が終われば、書き入れ時だ。
働かないと。
今、家で待っている家族のためにも。
毎年虚しく見えていた街のクリスマスツリーが、雪に彩られたその日は、少しだけ綺麗に見えた。
【カクヨムコン10中間選考突破】【短編】NTRれたけど、主人公とよりを戻したいと思ってた幼馴染の話 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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