・2

「じ、じゃぁ、桜庭は、その、空いた席な。‥‥‥‥あーっと、東雲しののめ。の、隣だ」


緊張がほぐれたのか、灰色が薄れて元の丹色にいろに戻った先生の声が、私の名を呼ぶ。




えええ、わ、私、ですかっ‥‥‥‥!?




人見知りな私は、なんだか怖くなってしまって。


ぎゅっと目をつむったまま、彼の足音を聴く。








____。






とん、と。



足音が止まる。










 「____っ」





顔を上げると。



彼と目が合った。






どうしよう。どうしよう。



何を言えばいいんだろうか。






こういうとき、どうしても頭の中が真っ白になってしまって、途端に言葉が出せなくなってしまう。



緊張でギシギシうるさい心臓の音と、何もできない自分が腹立たしい。



何か言わなくちゃと思うけど、ぱくぱくするだけで何も出てこない。







「きみ、が、東雲さん?」



卯の花色の声が、また耳元をかすめる。





窓際の、一番後ろ。



隣は、私だけ。





「は、はい‥‥‥」



緊張でびたみたいにカチコチになってしまった首を、どうにかこうにか動かしてうなづくことに成功する。





かたん、と椅子が引かれて。隣に座る彼。





「桜庭 奏です。‥‥‥これからよろしくね」




律儀にも、2度目の自己紹介をしてくる。


さっきよりも、近くで。




「は、はい‥‥‥‥」




やっぱり、きれいな色。


ずっと見ていたいくらいに。










____授業中。





「ね、あの‥‥‥‥」とつぜん肩を叩かれて、飛び上がってしまう。



「は、はいっ!!」




声のした方を見ると、桜庭君が私を見ていた。


隣は、今までずっと空席だったせいで、あまり慣れない。





「あ、ごめん。集中してた?」少し深みの増した水色。



「い、いえ‥‥‥‥」




____マイナスの感情を持った音は、濃い色に見える。


私が集中していると思ったみたい。






「どうしたの‥‥‥?」



「あの、ここ。途中式が分からなくて。この範囲、やってないところだから」


申し訳なさそうに、彼が言う。




「えっとね、ここは‥‥‥‥」自分のノートと照らし合わせる。


「まずここを計算して‥‥‥あ、ここ。間違ってるよ。7じゃなくて、8。それで、ここの式を」



「あ、そっか。なるほど!! ‥‥‥ありがと」





ふわっ、と絵具をにじませたみたいに。はちみつ色が、じんわりと見える。



____きれいな色。



思わず目を細める。





「い、いえ。‥‥‥役に立てて、よかったです」






そう言われると、ちょっとうれしい。



人の役に立てたこと、あまりないから。








それから何回か問題を教えているうち、彼が話しかけてきた。




『ねぇ しののめって、どう書くの?』


授業中ということで、筆談に切り替えたみたい。



『東の雲で 東雲 と書きます』


『珍しいね』


『そうですか? 桜庭君もですよね』




返事がないので、ちらっと隣を見る。



彼は「そうだね」とちょっと笑って、ノートに向きなおった。











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