第10話

「彼女はロザリー・ガルシアと言って、私の幼馴染みです」


 ジーンクリフト様から招待状を受け取って数日後、メリッサさんが一人の女性を伴って我が家にやって来た。


「ロザリー・ガルシアです。突然お邪魔してすいません」

「セレニア・ドリフォルトです。ようこそ。何のおもてなしもできませんが」

「とんでもございません。とても美味しいお茶をいただけると聞いて、厚かましくものこのこ来てしまいましたわ」

「彼女は首都に住んでいるのだけれど、時折静養を兼ねて私を訪ねてきてくれるの」

「首都に。どうりでとても洗練されていらっしゃると思いました」

「まあ、ありがとう」


 本当にお世辞でも何でもなく、彼女は頭から爪先まで完璧だった。

 美しく手入れされ結い上げた髪も、綺麗に施された化粧も、そして最新鋭だろうデザインのドレスも彼女にとても似合っていた。


 これが本物の貴婦人なのだと思った。


「あなたも素敵よ。生まれながらに恵まれた体格ってあるのね。あなたほどの身長があったら、最新鋭のデザインのドレスも着こなせそう」


 聞いたことのない誉め言葉に、思わず目を向いた。驚いて飲んでいたお茶に噎せるところだった。


「ご冗談…ですよね」

「冗談ではありませんわ。そうねぇ、この辺りならその体格は悪目立ちだろうけど、私の夢のドレスを着こなすなら、それくらいの身長があった方が理想ね」

「夢のドレス?」

「ああ、ロザリーは首都でドレスの仕立をやっていて、かなり有名なのよ」

「大袈裟よ。好きなことをやっていたら、いつの間にかこうなっていたの。夫には愛想を尽かされたけど」


「え……すいません」


 驚いて声を出してしまい、謝った。


「いいのよ。もう昔のことだし、あ、こんなこと未婚のお嬢さんの前で話したら、結婚の夢を奪うみたいで悪かったわね」

「いいえ、結婚に対する夢は特にありません」


 結婚に夢を抱く時期は私にはなかった。

 思春期の頃には既に殆どの男性と肩を並べるか、追い越していた背のこともあり、そういった場にはあまり行かなかった。

 そうしている内に周りはどんどん結婚して行き、二十歳を過ぎた今は、条件のいい結婚は諦めている。


「あら、世間の男性は見る目がないのね」


 諦めの境地にいる私の様子に、普通はかける言葉を失うものだろうが、ロザリーさんは世の男性を非難した。


「だからね、ロザリー、彼女に魔法をかけてあげてほしいの。ほら、あなた得意でしょ」


「ふふ、そうね。辺境泊のパーティーがそれを披露する場所ということかしら」


「あの、メリッサさん、ジーンクリフト様にも伺いましたが、別に私は……」

「いいえ、セレニアさん、遠慮はなしよ。私、子どもは男の子しかいなかったから、小さい頃から知っているあなたを娘みたいに思っているの。これは私の我が儘だから、年寄りの楽しみだと思って付き合って。それにあなたのご両親やお祖父様たちが生きていたら、同じ事を望んだと思うの」


「メリッサさん……」


「それにね。ロザリーも言ったとおり、彼女の夢のためにも、協力してあげて。何も過激な服装にするわけではないの」


「そうよ。お願い。この仕事を長年やって来て、作りたい服を色々作ってきたけど、まだまだアイデアがあるの。あなたのような体型の人にしか合わないものを作ってみたいの」


「そうだ、二着作るのはどう? ロザリーが作りたいと考え、セレニアさんに似合うと思っている物と、一般的なもの。両方つくってセレニアさんが気に入った方を着ればいいわ」


「二着も作るなんて、そんな贅沢は…」


「ああ、それがいいわ。メリッサ、なかなか冴えているわね。それじゃあ、早速採寸して、あなたの希望も一応聴きましょうか」


 母親くらいの年齢の女性二人に押しきられ、私は下着一枚になってあちこちの寸法を測られた。


「私の希望は、とにかく黒に近い色を。それから胸元は開けすぎず、体の線もあまり強調しなくて……」

「お嬢さん、それではあなたが今着ている喪服と代わり映えしないわ。夜会のドレスなのよ」


 一応は私の希望も聴くと言ったロザリーさんが口を挟む。そして私の要望は、二人に一刀両断で否定された。


「ロザリーさんは首都にいらっしゃるからご存じないかも知れませんが、私のような者が浮き足だって派手な装いをすれば、たちまち悪評が立つんです」


「そんなものなの?」


 ロザリーさんが私ではなく、メリッサさんに訊ねる。


「あからさまに誘っているような装いや、身の程を弁えない場合です。自分の魅力を最大限に引き出して魅せることに、都会も田舎も関係ないわ」

「首都だって同じよ。ドレスはあくまで引き立て役で、大事なのは中身。それを着る人間の資質だわ。中身と装いが伴わないものは嘲笑の対象だけど、自分の魅力をわかって表現することは、間違いではないわ」

「その魅力が私にはないと言うんです。少なくとも、男性に好かれるような魅力はありません」


 自分で言って心が痛んだ。

 気になる人には何とも思われていないなら、どうしたとしても何も変わらない。


 二人は諦めている私を見て、困ったように互いに顔を見合わせる。


「セレニアさん、結局は自分のことは自分が一番わかっていないって言うわ。そうやって諦める前に、一回だけ、今回だけでも私たちの言葉を信じてみてくれないかしら。私たちから見えるあなたは、あなたが思っている自分自身とは違うものかもしれないわ」

「そうよ、お節介なおばさん二人の口車に乗って、今回は私たちに華を持たせてくれないかしら、悪いようにはしないわ」


 とても熱心に二人に言われ、私は取りあえず彼女たちに任せることにした。

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