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第11話

 ロザリーさんは、夜会の数日前に微調整のためにもう一度来ると言って、その日は帰っていった。


 それからの日常は、いつもと変わらなかった。


 相変わらずジーンクリフト様はベラーシュさんと毎朝やって来てお茶を飲んで帰り、ベラーシュさんを護衛として残していく。


 ベラーシュさんは夕方まで我が家にいて、暗くなると帰っていく。


 無愛想なのか口数が少ないのか、あまり多くを語らないベラーシュさんだが、我が家の使用人の平均年齢は比較的高いので、皆異国から来た彼に最初は戸惑いを見せたものの、今では親戚の叔父さん叔母さん並に世話を焼いている。


「ごめんなさいね。みんなあなたが異国で不自由していないか心配みたい」


 あれもこれも食べろと、食べ物を押し付けられて困っている彼に謝った。


「大丈夫………問題ない」


 覚えている言葉で彼が語る。その辿々しさが中年以上のみんなの庇護欲を更にくすぐる。


「慣れない異国で、不安はありませんか?」


 食後のお茶を出しながら訊ねると、彼は首を左右に振った。私は生まれてこの方、ここ以外に行ったことがない。知らない土地で暮らすというものがどういうものか、気になる。


「故郷……誰もいない……大将、命の恩人。私、彼に死ぬまで仕える」


 聞けばベラーシュさんは孤児らしく、特に故郷には未練がないようだ。一度命を救われたからとは言え、そこまでジーンクリフト様に忠誠を誓える彼が正直羨ましい。


 私も出来ればベラーシュさんのように、ずっと彼の側にいたい。

 でもベラーシュさんなら彼が誰と結婚し家族を持とうと、その立場はこの先も揺らがないだろうし、彼に心酔する気持ちを隠す必要もない。

 ジーンクリフト様も、きっとそれを許すだろう。


 でも私は、彼がどんな人と結婚しようと変わらず隣人で居続けるために、この気持ちを誰にも悟られないよう押さえ込んでいかなければならない。


「羨ましい……」


 ぼそりと思わず声が洩れて、ベラーシュさんが不思議そうな顔をする。


「あ、何でもないの」


 慌てて手を振る。


「でも、そこまで恩義を感じていても、生まれ育った国から離れて暮らすことに、不安はなかった?」


「不安?よく……わからない。私、自分で決める…自由……大将いて、私、従う……それだけ」


 迷いのない表情。たどたどしいが、力強い言葉だった。


「お嬢さん、心配、大将……ベラーシュ、護る。お嬢さん……大将……嫌いか?」


「い、いいえ。嫌いとかそういうのではなく、その、尊敬はしているし、小さい頃から側にいるから、お兄さん……みたいな感じかしら」


 思わず顔が赤くなる。本当はとっくに気付いている。

 昔からジーンクリフト様は私の憧れだった。

 一体いつからそう思っていたのか思い出せないくらい、ずっと前から。

 五年前、魔獣討伐に向かう彼を見て、もしかして無事に帰ってこないかと思うと、胸が締め付けられる思いがした。


 あの時は生きて帰って来てくれればそれでいいと思ったのに、いざ無事に戻ってきた彼を見ると、今度は彼がいつ花嫁を連れ帰ってくるかと不安に苛まれた。


 彼の帰還祝いの宴は、もしかしたらそういう相手が招待されているかもしれない。


 その日、久しぶりに開いたお茶会でもその話題で持ちきりだった。


「噂では、首都からも何人か招待されているみたいよ」


 どこから聞いてくるのか、それは私も聞いたと何人もが話し出す。


「この辺りなら、キャサリンが一番辺境伯夫人の有力候補じゃない」

「そうね。この辺りの独身の女性で辺境伯様と年廻りも近くて、何より評判の美丈夫ですもの」

「あら、そんなことありませんわ」


 皆が口々に言い、本人も満更でもなさそうに頬を赤らめる。


 光を編み込んだような金髪に新緑の瞳、白磁の肌。

 女性らしい丸みのある体に護ってあげたくなるような細い体。実家は地方貴族だが伯爵だ。


 美人なだけで特には取り柄もない。字が汚くて計算も苦手だ。小さい頃からちやほやされていて、こうして私の茶会に来るのも、ここが一種の社交場でもあるからだ。


 でもそれは大したことではない。書くことも計算も彼女がやらなくても、誰かを雇えば済むことだ。


「ところで、セレニアも宴には出るのよね」


 誰かが言い出した。


「え、ええ。我が家は元々ビッテルバーク家の家臣だったし、喪中だから本当なら宴に出るのはまだ早いとは思うけど…」


「それにしては、マリサの店であなたのドレスの注文がまだ来ていないと聞いたけど?」


 マリサはこの領内でいくつかある仕立屋のうちの一軒で、首都で修行を積んで来たことを売りにして、最先端のデザインで仕立てることで有名だ。

 ここにいる全員が、そこでドレスを注文している。


「実はメリッサさんのお知り合いが、たまたま遊びに来ていて、その方にお願いしたの」

「メリッサさんって、ビッテルバーク様のメイド頭の? あのおば……あの人の知り合いって何て言うお店の人なの?」

「さあ、私もそこまでは知らないわ。ガルシアさんと仰るそうですけど」


 そう言えば、お店の名前を聞いていなかった。

 何を着ても変わらないと思っているから、そこまで気にしていなかったのだ。

 ただ彼女たちが気の済むようにと思っていた。


「ガルシアねえ……聞いたことがないわ」

「こんな辺境の地でも仕立屋はいくつもあるんだもの、首都なら星の数ほどあるわ。それこそ王室御用達や庶民の服まで」

「そうね、忙しい人なら、ここまでわざわざ遊びになんて来られないわ」

「せっかくの辺境伯様の宴に出るのに、マリサの店じゃなくて良く知りもしない仕立屋の服を選ぶなんて、セレニアさんも奇特な人ね」


 ドレスで全てが決まるわけではないが、宴で目立つためには大事なもののひとつだ。

 彼女たちの中で、私の宴での立ち位置が決まった。


 ノッポのセレニアが、ダサいおばさまの仕立てた衣裳を着て、またもや壁の花になる。

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