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第9話
ジーンクリフト様の帰還の報は、あっと言う間に領内に知れ渡った。
そしてどこからともなく、彼が本格的に花嫁を探すつもりだと言う話も聞こえてきた。
そのせいか、お祖父様が亡くなって開催を見送っていたお茶会が、いつ開かれるのかと言う問い合わせが殺到した。
うちで栽培するお茶が、ジーンクリフト様のお気に入りということも、お茶会開催の後押しをした。
主催者の私が一番、結婚からほど遠いのは逆に笑えるけど。
それよりも、私がここ最近疑問に思っているのは、別のことだ。
馬の嘶きが聞こえた。
(来た)
居間に座っていた私は、今朝も早くからやってくる人物を出迎えるため、慌てて玄関へと向かった。
その人物は、執事のリックスに外套を預けていた。
私が来たことに気づくと、屈託のない笑顔でこちらに挨拶をした。
「やあ、おはようセレニア、今日も朝から晴れて暖かいね」
鼻の頭が少し赤いが、相変わらずの男前ぶりを発揮している。
「ジーンクリフト様、おはようございます」
私は努めて冷静に事務的に挨拶した。
叔父たちが来たあの日以来、彼は毎日朝の乗馬がてら我が家に立ち寄り、お茶を一杯飲んで帰る。
あの次の日、再び叔父とカーターが押し掛けてきたが、辺境伯の訪問によりそそくさと引き上げて行った。
その時彼は男性の護衛を一人連れてきていて、今日から彼をここに毎日寄越すと言った。
ベラーシュと言う名の男性は、肌の色が褐色で瞳と髪の毛の色は黒の、異国風の風貌をしていた。
彼は魔獣討伐のおり、東の国、東華国の兵士として参加したのだが、怪我が原因で兵士としては除隊せざるを得なくなったという。
本来なら死んでもおかしくない状況だったが、辺境泊のお陰で命拾いしたことで、彼に心酔し東華国王に直訴して辺境泊の所へ身を寄せたのだという。
「ベラーシュです。よろしく」
「彼はまだこちらの言葉を覚えているところなので、カタコトしか話せない。ここで言葉を覚えながら護衛として面倒みてくれないか?」
叔父たちを牽制するためだと明らかにわかったが、彼に言われれば諾とするしかなかった。
二日目はそのために来たのかと思ったが、ベラーシュと共にほぼ毎日やって来るようになった。
「お忙しいのではないのですか?」
五日目にそう訊ねた。
「だから朝のうちに来ている。君の煎れてくれたお茶を一日一回は飲まないと調子が出なくてな」
そう言われてしまえば、彼の訪問を断ることもできない。
それに、彼女自身が彼と一日一回会えることを望んでいた。
「もちろん、君の都合が悪ければ言ってくれ。その日は来ないようにする」
勘違いしてはいけない。彼は私のことをただ心配してくれているだけだ。
私が彼からの救いの手を振り払うから、こうやって、気を効かせて様子をみに来てくれているのだ。
彼にとっては私はただの隣人で、祖父を無くしたばかりの私を気にしてくれているのだ。
お茶も気に入ってくれているのだとは思うが、それも口実かもしれない。
そう思いながら、彼が来てくれることを楽しみにしている。灰色の私の生活に彩りが付いたような気分だ。
「ああ、美味しい……」
香りを楽しんでからひと口飲んで、余韻を楽しむように目を閉じて少し上を向く。
その一瞬の彼の顔に見惚れてしまう。
頬骨が高くはっきりした顔立ちに、すっと通った鼻筋。額に少しかかった黒い前髪に触れたくなる手を必死で堪える。
彼は知らない。
私がずっと彼に憧れていることを。
彼にとって私は、今でも良き隣人の孫で、小さいセレニアでしかないのに。
ぱちっと彼が目を開いたので、慌てて視線を反らした。
「そう言えば、今日はこれも渡そうと思って持ってきた」
彼が内ポケットから封筒を取り出した。
「この前言っていた宴の招待状だ」
「閣下が自ら?」
普通こういう物は使用人が届けるものだ。
まさか招待主自ら届けるとは思わなかったので、驚いた。
「毎朝ここに来ているのだし、君には直接届けたかった。来てくれるね?」
「はい」
少し声が小さくなる。
宴については、あまりいい思い出が無い。
また壁の花になるのはわかっていたからだ。
背の高い私に、ダンスを申し込む人なんていない。
でも今回はジーンクリフト様の帰還を祝う宴だから、断るわけにもいかない。
まあ、今回は祖父の喪中だと言って、地味な装いで顔さえ出せば義理は立つだろう。
そう思っていた私の考えは、彼の次の言葉で打ち砕かれた。
「メリッサが君の支度を手伝う。喪中だからあまり煌びやかな装いは難しいだろうが、年頃のレディなんだから少しは晴れやかにしてはどうかな?」
「え………」
メリッサは彼の亡くなった母上の乳母の娘で、今は彼の家で侍女長をしている。
祖母とも仲が良かったので、私にも小さい頃から親切にしてくれていた。
辺境伯夫人に仕えた人に、宴に出るための手伝いをしてもらう?
「いえ、そんな。メリッサさんに手伝って頂かなくても……」
「放っておいたら君は喪服で出席しそうだと、メリッサが心配してね。お祖父様を亡くされたばかりなのはわかるが、年頃の娘がそれでは悲しすぎると言うので、せっかくの私の帰還祝いの宴だ。彼女に花を持たせてやってくれないか?」
私の目論見など、既に見抜かれていたことに驚いた。
そんな風に言われれば断れない。
「メリッサさんのお手間でなければ、お願いします」
どうせひょろりと長い手足の私では、どんなに着飾っても限界があると、きっと彼女も適当なところで諦めてくれるだろう。
私はそう思った。
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