第8話

「久々に宴を開こうと思うが、どうだろうか」

「宴ですか、そうですね。ジーンクリフト様の無事のご帰還を、盛大にお祝いしましょう」


 お茶を飲み干し、今朝セレニアに思い付きで言った話を持ち出すと、メリッサが同意して頷く。


「ついでに花嫁選びでもしようか」


 メリッサが次にそう言うのはわかっていたので、自分から話を振ると、信じられないものを見る目で見返してきた。


「魔獣の毒にでもやられましたか? ジーンクリフト様の口からそのようなことを聞くようになるとは。もう一度魔獣の氾濫がやってくるのではないですか」

「酷い言われようだな。今さっき結婚を勧めたのはメリッサだろう。私も魔獣討伐から無事に帰ったら、そうしようと考えていたんだ。家のためにも必要だからな」

「家のためですか。首都では良い方はいらっしゃいませんでしたか?」

「いたにはいたが、その人には既に相手がいた」

「それは残念でした」

「それがそれほどでもない。殆ど衝動で求婚までしたが、結婚を考えるようになって、すぐにそういう相手が見つかるとは思っていない」


 嘘ではなかった。結婚は断られたが、思ったほど落ち込んでいない。

 彼女には心惹かれたが、それは好きな人を思う彼女が眩しかったからだ。

 あの後、彼女からその相手との経緯を聞いてそれを確信した。自分もそんな相手が欲しいと思った。


「逃げてばかりではだめだからな。あの時も仕方なく参加した夜会だった。待っていてもそういう相手は見つからない」


「まあ、そんな風にお考えになられたのなら、その方との出会いは必要だったのでしょう」


「それで、セレニアも招待したい。もちろん喪中ではあるが、討伐の遠征で苦楽を共にした部下も何人か呼ぼうと思う。皆、いいやつらなんだ。中には家を継ぐ必要のない貴族の次男などもいるし」

「本気でございますか?」


 いい案だと思ったが、メリッサの顔が強張ったのを見て、やはり喪中の彼女を招待するのは良くなかっただろうかと思った。


「ジーンクリフト様がそういう心つもりでいらっしゃるなら構わないと思いますが、誰かを紹介すると言うことは、彼女には黙っておいた方がよろしいかと思います」

「そうだな。気後れしてはいけない。何しろ彼女は自分に魅力がないと思っているところがある」


 なぜかメリッサは深いため息を吐いた。


「彼女の支度については、私も協力いたします。彼女に任せておくと喪服で出席しそうですから」


「メリッサは大げさだな。そんなことあるわけ……そうだろうか……」


 一瞬否定しかけたが、今日会った彼女の様子から、それもあり得るとなぜか思った。


「私も彼女のことは心配しております」


「助かる」


「それでは詳しいことはヘドリックと打ち合わせいたしますが、日程はひと月後でよろしいでしょうか。ジーンクリフト様の部下だった方々も、それくらいの時間があればお越しになられるでしょう」


「任せる」


「それでは失礼いたします」


 飲み終えた茶器を持ってメリッサが出ていくと、また目の前の書類の山と格闘を始めたが、暫くして今朝のセレニアのお茶について考えるようになった。


 同じ茶葉なのに、煎れ方であそこまで味に違いが出るとは思わなかった。

 栽培しているからこそ、最大限に美味しいお茶を淹れることが出きるのだろう。

 それに一緒に出されたクッキーも、何も思わず食べたが、メリッサの話が本当なら、もしかしたらあれは彼女が焼いたものかもしれない。


 あそこまで色々できるのだから、逆に完璧過ぎてそこらの男では太刀打ちできないのも無理はない。


 小さい頃はサミュエルや彼の妻のアリサに引っ付いて、良く我が家に来ていた。いつの頃からかどんどん背が伸びて、それに反比例するように顔を俯けるようになっていった。


 今日、久し振りに見た彼女の瞳は雲ひとつない晴れ渡った青空のように澄んで、下ろして自然にカールしたアッシュブロンドのシルバーが輝いて肌を際立たせていた。

 背の高さを気にしていたが、そんなことを気にしなくても、自分が魅力的であることを自覚すれば、簡単に結婚相手は見つかるだろう。

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