第9話

 目の前に姿を現したのは、人ではなかった。

 大きな、とても大きな犬? 

 いや、オオカミ?

 某アニメで有名なスタジオが作り出した作品の、犬神に似ている。

 それが池の向こう、大きな岩の上に立っていた。

 白銀の毛をなびかせ、こちらをじっと見ている。少しでも身動きすれば、襲いかかってくるのではないか。

 あの大きさなら、一度の跳躍で池など軽く飛び越えそうだ。

 ー待っていたぞ

 犬神がその口を開いた…気がした。

 ガサササ

「あ!」

 反対側で草むらがガサガサ音を立てて揺れ動くと、犬神のような動物はさっと岩から降りて身を翻し、どこかへ行ってしまった。

 距離があったので正確な大きさはわからないが、象よりは小さく、ライオンよりは大きな感じだったが、不思議と怖いとは思わなかった。

「いたぞ!次期様!いました・・・え!」

 声をかけられ、呪縛から解き放たれたように振り向いた。

 現れた人物は私に駆け寄ろうとして、ピタリと足を止めた。

「ご神託は間違っていなかっ・・・た」

 後ろから現れた人物も、こちらを見て向けた笑顔を凍らせた。

「わ、次期様急に立ち止まらないでください」

「そうですよ」

 次から次へと人が湧いて出てきて、そして私を見て皆その場で動きを止めた。全員男だ。

 着物のような袷の上着を着て、腰には色鮮やかに織ったベルトを巻いている。足下は長いズボンを膝の辺りで紐で結んでいる。

 昔教科書で見た、弥生時代の人のような服装。頭は大体が長髪。ただ紐でまとめたりそのままだったりとバラバラで、二番目に現れた人だけが長い髪に何か飾りを付けている。

 年齢もバラバラみたいだが、一番最初に現れた人が一番若そうだ。

「み、見るな!」

 二番目に現れた髪に飾りを付けた男性が、こちらに背を向けて、他の人たちの前に立ちはだかる。

「見るな。皆あっちを向いていろ!」

 わあわあと腕をバタバタさせ、他の人たちの視界から私を隠そうとしているようだった。

「すまない。えっと、言葉は、わかるか?」

 自分以外の全員に向こうを向かせ終わると、肩越しに振り向いて声をかけてきた。

 そろりそろりと、私を直視するのを避けながら、距離を測り探るように近づいてくる。

 私を野生動物か何かだとでも思っているのか。懐かない動物をあやすかのように声をかけてくる。

 黙ったままでいると、おもむろに腰の帯を解き、自分の着ていたものを脱ぎだした。

「待って」

 露出狂?

 変なやつだと思い後ずさる。手にはカツラとピンヒール、襲いかかってきたらカツラをまず投げ、怯んだ隙にヒールで突き刺してやろうか。

「怖がらないで、何もしない。ほら、その格好じゃ恥ずかしいだろう? ほら、これを着るといい」

 そう言って、脱いだ上着をこちらへ放り投げてきたが、私は飛んできた衣服をさっと避けた。

「え」

 私が避けると思わなかったのか、明らかに驚いている。

 なんで見ず知らずの人の服を着なくちゃいけないのか。着ると思う方がおかしい。

 それならたとえ濡れて体に貼り付いていても、今の方が遙かにましだ。

 服を放ってきた男は、よく鍛えた体をしていた。

 ボディビルダーのように見せる筋肉で無く、鍛える必要があるから鍛えたのだとわかる。

 褐色の肌にぱっくりと割れたお腹。腰回りの外腹斜筋もしっかり浮き出ている。こちらへ服を投げてきた時の、腕の筋肉の動きも立派だった。

 しかし、私には怪しい集団にしか見えない。

 現代日本であんな格好するのは何かの舞台の役者くらいしか思いつかない。都会の真ん中にあんな集団がいたら、間違いなく悪目立ちする。

 周りの情景もさることながら、明らかに異質な男達。

 ひゅっと息が喉に貼り付いた。

 地上数百メートルからスカイダイビングする時よりも、鼓動がもっと早くなる。

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