第8話
やばい、NGを出した。衣装も同じものの替えはあっただろうか。
まず思ったのはそのこと。
水面に叩きつけられるように落ちて、ブクブクと沈んでいく。
温水の室内プールではなく、外の普通のプールは落ちた瞬間水が冷たかった。昨日に引き続き、また水に落ちるなんて。
しかし、飛び込み用プールだったのか意外に深いな。
そんなことを考えていたのは、ほんの数秒だったと思う。
早くプールから出ないとと、体を反転させた。
クイッ
上に向かって水を掻き出した時、また何かに引っ張られる感じがした。
ズズズズズッと引っ張られる。排水溝が開いているのか。そこから水が大量に放出される勢いに引っ張られるような感じだった。
誰かが水を抜こうとしたのだろうか。島育ちの私は泳ぎも得意なはず……だった。
「ゴボッ」
ー助けて
手を水面に命一杯伸ばし、救いを求める。深いと言っても面積の限られたプールだ。海や川と違ってあれだけスタッフがいれば、誰かが助けてくれる。
そう思って、私はもう一度大きく水中を蹴って浮上を試みた。
「ぷはぁっ」
ようやく水面に辿り着き、肺に思いっきり息を吸い込む。
「すみません! もう一度お願いします」
文句を言われる前に、先に謝った。
「・・・お願いします」
「ん?」
自分の声が、何かに反響する。
目に水が入ってすぐには目を開けられず、ごしごしと擦る。
何だか変だ。
誰の声もしない。NGを出して文句を言う声どころか、大丈夫かという声も聞こえない。
ぎゅっと目を硬く瞑り、それから目をゆっくりと開いた。
「え?」
もう一度目をパチパチさせて、周りを見渡す。
三十階の高さのホテルの建物が見えるはずだった。
でも、目の前に広がるのは鬱蒼とした森。行ったことはないが、アマゾンか青木ヶ原の樹海か、ともかく人が手をつけた森ではなく、巨大な樹齢何百年かという太い幹を持つ木々が生い茂っている。
どこか遠くで、鳥や何かの動物の鳴き声が聞こえる。
私はその木々に囲まれた池のような所に立っていた。深さも膝上くらいの浅さ。
透明度はどれくらいか。ものすごく透き通っている。
「夢」
プールで溺れて夢でも見ているのか。もしくは、あの世?
「いたっ」
ありきたりな確認方法。つねってみたら痛かった。
「夢・・・じゃない? あっ」
とりあえず池から上がろうとしてヒールが水底の泥に沈み込んだ。転びかけて腕をぶんぶん振り回して、バランスを取る。
それから屈んでストラップを外し、ヒールを抜いだ。
「私、ホテルのプールにいたよね」
いかに緑化計画が進んでいたとして、こんな森が都会の真ん中にあるだろうか。
明治神宮の森だって、ここまで太い木はない。そうなると、いきなりホテルのプールから移動したことになる。
ざぶざぶと池を歩いて、池の縁へと向かう。
濡れたせいでもともと体にぴったりだったドレスは、下着の線まで丸見えな状態だ。
池の畔に上がって服をぞうきんのように絞り、水気を出す。吹く風が温かくて助かった。
ポタポタと髪からも水滴が落ち、そう言えばカツラだったと思いだす。
アクションのためにずれないようにピンでしっかり留めていたので、鏡もないし、後ろは見えないしで外すのに時間がかかった。
ようやくカツラを脱いだ時、遠くから何かが近づいてくる音が聞こえた。
「・・・だ!」
「・・け」
複数の足音と共に人の声だろうか、口々に叫びながら近づいてくる。
自分を助けに来てくれた人たちだと思うのは、安直だろうか。
それほど聞こえてくる声は物々しい。ただ、私には攻撃されるような心当たりはない。
周りを見渡し武器になりそうなものがないか探す。私の手にあるのは五センチヒールのパンプス一足。
カツラ、そしてカツラを固定していたピン十本。後は池の底にある石ころ。
足音はどんどん近づいてきて、明らかにこちらへ向かっている。
近づくほどに声は鮮明になり、何と言っているかわかるようになった。
「急げ」
「こっちだ!」
たくさんの人が叫んでいるが、口にしているのはそんな言葉だった。
ガサリと草を踏む音が、声がする方角と反対の方から聞こえ、私ははっと振りむいた。
「!!!!」
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