第6話
立樹を見送ってから、私はシャワーを浴びた。
六畳ひと間にお風呂と浴室は別、ガスコンロが二口付いた小さな台所のある部屋が私の城。
薄いレースのこれまた生地の少ない紐パンだけを履いて、肩にバスタオルを掛けて冷蔵庫から冷えた缶ビールと、おつまみにナッツとチーズかまぼこを取り出した。
お酒は強い方で、ビールは喉が乾いた時に飲む炭酸水みたいなものだった。
それでも仕事がある時は飲まないようにしているが、今日は特に予定も入っていない。
「一回寝て起きたら、ジムにでも行こうかな」
脱いだ服や下着、使ったタオル類を洗濯機に放り込む。ジムに行った後で洗濯しよう。
ベッドを背もたれにして床に座る。
「立樹…ごめんね」
自分だけが汚れるのがいやで、彼を引き摺り込んでしまった。前戯も何もなく、キスさえせず、ただ繋がっただけのセックス。
何もかも碧には勝てない。たった五分早く生まれ、そして私に何も残さず、すべてを手にして先にうまれた。
でも立樹の初めては、私のもの。それだけで、心が満たされた。
「ほんと、性格悪いわ私」
残りのビールを一気に飲み干し、ソファーベッドにゴロリと横になって目を閉じた。
けたたましい音が鳴り響いて、目が覚めた。
「ふえ?」
何だろうと慌てて起き上がる。枕元で充電中のスマホが鳴っていた。
画面の時計は午前11時。眠ってからまだ二時間ほどしか経っていない。画面を見ると、電話は所属する事務所からだった。
「はい、胡桃沢です」
「ああ、良かった。胡桃沢さん、今電話大丈夫かな?」
電話の相手は仕事のコーディネートをしてくれるマネージャーの鍵山百合さんだった。仕事のスケジュールに変更でもあったんだろうか。
「あ、はい大丈夫です。今家ですから」
「えっと、非番のところ悪いんだけど、午後から一件お願いできないかな?」
「今日ですか?」
「そう、何か予定あった?」
「いえ、もう少ししたらジムに行こうかと…」
「無理は承知なんだけど、お願いできないかな、今日の内に終わるんだけど、行くはずだった他の事務所のスタントさんが事故にあってね。急遽女性で誰かいないかって、うちにも問い合わせが来て、今回無理を聞いたら、また次もこっちに仕事を回しくれるって言うことなの」
ご新規の契約者を獲得するのは、なかなか大変なのは知っている。大抵は馴染みの所へ声をかけるから。
今回恩を売ることが出来たら、それを口実に新たな仕事が入ってくるのだから、この機会を逃す手はない。
「一応聞きますけど、どんな仕事なんですか?」
内容を聞いてからでなければ答えにくい。それにオフだと思っていたからビールも飲んだ。飲んで既に二時間が経過しているから、大したことはないとは思うが。
「『我が愛しのスパイ様』って知ってる?」
「名前だけは」
「相変わらずドライね。ウェブで人気になったコミックの実写版を撮影していて、主役を追い詰める女スパイ役の小川瑠偉のスタントなの。背丈やスタイルも胡桃沢さんにちょうどいいと思うんだけど」
「胸はちょっとサイズが足りませんけど」
グラビア出身でFカップの彼女とCカップの私ではそこだけ違う。でも、胸を小さくするのは大変だけど、大きくはいくらでも出来る。
「引き受けてくれる? ギャラは弾むから」
「わかりました」
「わあ、ありがとう!撮影場所と時間はメールするね。向こうにも胡桃沢さんのデータ送っておくから、行けばわかるようにしておくわ」
「助かります」
「こっちこそ、ありがとう、じゃあ詳しいことは現場でね」
電話が切れて、一分後にメールが届いた。現地には二時までに入り、場所は都内のホテルということだった。ここから電車で三十分くらいだ。
「あまり時間がないな」
撮影前にはあまり食べないことにしている。取り敢えずプロテインとヨーグルトをお腹に入れる。ギャラは弾んでくれるということだから、まだ入っていないけど、撮影が終わったら贅沢に一人焼肉でも行こうかな。
パンティとセットのブラを洗濯の山から取り出し、帰る頃合いに仕上がるように洗濯機のタイマーをセットする。
スパッツとデニムの短パン、タンクトップの上からストライプのロングシャツを羽織って、いつものリュックを肩に掛けて現場に向かった。
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