第2話

「お前のそれ、相変わらずそそるな」

「そう?」


 あれから軽くシャワーを浴びて、私服に着替えると、猛とともに近くのラブホテルへ流れ込んだ。

 猛とは同じアクション俳優の事務所に所属していて、一緒に撮影に入ることが多い。

 初めて一緒になったのは三年前。それから何度か現場を共し、そのたびにセックスをしていた。

 アドレナリンが過剰に分泌するせいなのか、アクションシーンで興奮し、お互いに性的な興奮が収まらなくなるからだった。

 一度射精して、まだ物足りないと私の体の股間を舐め回していた。

 今彼は私の両足を大きく広げ、その中心を魅入っている。


「たまんねぇな。ヒクヒクして羽ばたいているみたいで。毛がないのは変な感じがするけど、この場合はぜったいこっちの方が有りだな」


 興奮して猛が言う。

 私はこの仕事を始めた時に、全身を脱毛した。最初は脇。それから膝下、腕、そして下半身のものも全て。

 時間とお金はかかったが、満足している。毛があるから仕事に支障があるわけではなかったが、私が好んで身につけている下着には邪魔になる。

 そして脱毛を終えると、今度は恥丘の部分に蝶のタトゥーを入れた。

 中にはそれを見てそこまでするかと、引く人もいるが、大抵はすんなりと受け入れた。腕や足など他の部分は衣装によっては目に付くし、隠すのも面倒だというのもあるが、私の場合は一種の反抗心からだった。


「ふう」


 絶頂を迎え、コンドームを抜くとごろりと仰向けになる。


「翠とのセックスは最高だ。翠も満足してくれた?」

「私も猛とのセックスは楽しいよ」


 脳筋なのか猛のセックスは直情的で単純だが、その分気楽に楽しめる。ねちねちとされるのは好きじゃない。

 あちこち体中を触ったところで、挿れて中を掻き回された方が気持ちがいい。

 ピピッと時計のアラームが静かになった部屋に響いた。


「何?」

「目覚まし」

「え、今何時?」

「朝の五時」


 私は毎朝五時には起きる。今日は猛とずっとセックスをしていたから、目覚める必要はなかった。


「相変わらず、そんな時間に起きてるのか」

「うん。昔からだから、もう癖だね」


 起き上がって脱ぎ捨てた下着を拾い集め、身につける。


「その下着もエロいな」


 サイドが二重の紐になっている紫色のTバックのパンティと会わせたブラは、背中がクロスになっている。


「これだとどんなぴったりしたパンツを履いても線が出ないでしょ」


 持っていたリュックからランニングシューズとぴったりとしたランニング用のスパッツ、そしてラッシュガードのパーカーを取り出す。


「おい、今から走って帰るのか」

「うん。ここからだと軽く流して一時間くらいかな」


 シューズに足を入れ、つま先でトントンする。


「まじ、お前タフだな」

「良く言うでしょ。筋肉は裏切らないって。鍛えて損はないもの」

「ほんと、尊敬するわ」

「じゃあね、これ、私の分」


 財布からホテル代の半分を出す。


「相変わらず律儀だな。たまには出すのに。てか、他の女なら、男が出して当たり前ってやつが多いのに」

「こういうのはお互い様でしょ。お互い大人だし、楽しんだんだから、どっちかに負担をかけても仕方ない」

「そんなもんかね」


 猛とは、初めてセックスしたときにお金のことでもめた。お互い今は稼げてもいつどんなことが起って仕事ができなくなるかも知れないのだから、余計な負担はしないでおこうと、その時から二人の間では合意が出来ていた。


「二度寝して延長になったら、それは自分で払ってよ」

「はいはい」

「じゃあ、またあさってね」

「ああ」


 リュックを背負い、私は部屋を出た。

 春の朝はまだ少し薄暗い。まだ防犯灯の明かりもついている中を、私は走り出した。

 ショートのウルフカットにしてブルーアッシュに染めた髪が、走る度にふわふわと風を含んで弾む。

 酔っ払いのサラリーマンが路上で寝ている時もあるが、週の半ばなのでそんな人たちも殆どいない。

 家まで半分の距離を走ったところで、見つけた自販機で水を買い、半分ほどごくごく飲んでから、リュックのサイドに有るネットに挟み込む。

 下を向いたときに、足首に細く赤い筋があるのが目に写った。人の手の痕とも言えなくもないが、紐のようなものが絡みついたとも見える。


「ほんとに何だっただろう」


 蹴り飛ばさなければ、あのまま海の底に引き釣り込まれて溺死していたかも知れない。


「やめやめ、ネガティブなことは考えない!」


 パシッと両手で両頬を打つ。

 スタントはいつも危険と隣り合わせだ。アクションを起こす時は、台本を良く読み話の流れを頭にたたき込んだ上で、成功の場面をイメージトレーニングする。

 少しでもあ、こうなったら事故になるとか、死ぬんじゃ無いかとかイメージすると、そっちへ引っ張られる。


「さあ、もうひとっぱしり」


 伸びをして、軽くその場でステップを踏んでからまた走り出した。

 西に向かって走っていくので、朝日は背中に差す。徐々に道に落ちる影が濃くなっていく中を、私は軽快に走っていった。

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