第8話

なのに、今日はどうしても集中が続かない。



腕に違和感なく触れる、五十嵐さんと慣れた様子の陸の姿が思い出されて、何度も掻き消そうと意味もないのに頭を振る。



こんな事じゃ、陸に彼女でも出来た時祝福なんて出来るわけがないのに。



「やっぱり帰ろ……」



陸に帰る旨を伝えるメッセージを送って、帰り支度を素早く済ませて、教室を出る。



靴を履き替えて外に出た瞬間、耳に声が届く。



「えー、いいじゃぁーん」



「だから嫌だって。莉音ちゃん待たせてるんだから、いい加減離せって」



少し先には陸と、その後ろで陸の腕を引っ張る五十嵐さんが見える。



自然とサバけた陸と、先程はどちらかと言うと活発で男勝りに見えた五十嵐さんが、陸の前では可愛らしい女の子として素直に甘える姿が、妙にしっくり来ると思う。



昔からずっと一緒にいた私には、引き出せない陸がそこにいた。



二人の邪魔をするのも気が引けて、見つかる前に踵を返して、下駄箱の陰に隠れた。



陸は昔から私を見つけるのが上手いから、今日だけは見つからないようにと祈って、体を更に小さくする。



ありがたい事に、二人は私に気づく事なく校舎に入って行く。



あのまま教室で待っていたら、二人で現れたのだろうか。



そして、三人で帰る形になったのだろうか。



そう考えると、微妙な気持ちになる。



五十嵐さんが好きだとか嫌いだとかではなく、どうもそれは遠慮したかった。



あの二人の空間には、どうしても入りたくないと思ってしまった。



可愛くない自分に、帰り道を足早に歩きながら苦笑した。



家が見えて来た時、丁度スマホが震え、見ると陸からの着信だったけど、私はそれに出なかった。



気づかないフリをして、家に入って自室へ素早く向かう。



猛暑とまではいかないものの、それでも暑い外を早足で帰ったせいか、汗を掻いてしまった。



カッターシャツを脱ぎ、スカートに手掛けた瞬間、扉が開かれる。



体を隠すように、制服を抱きしめる。



「莉音ちゃんっ!」



「り、陸っ……ノックしなさいよっ、バカっ!」



「体調悪い? 大丈夫? 何かあったの?」



早足で近寄る陸が、私の両肩を掴んで心配そうに顔を覗き込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る