大きな彼と小さな彼女

柚美

プロローグ

第1話

桜の花びらが舞う、春の暖かな空気。



新しいまっさらな制服に身を包み、ワクワクしながら履き慣れない靴に足を入れた。



「忘れ物ない?」



「うん、大丈夫だよー。行ってきまーす」



母の声を背に聞きながら、玄関を飛び出した。



「りっちゃん、おはよーっ!」



私の家と隣の家の間の塀に凭れてスマホを見ていた幼なじみ、朝霞律あさかりつ。あだ名をりっちゃん。



私が声を掛けると、りっちゃんはすぐにスマホから目を離して、優しく微笑んだ。



「おはよ。コトリは今日も相変わらず元気だね」



コトリこと、小鳥遊美兎たかなしみうは、私の事だ。



初めてりっちゃんが私の苗字を見て「コトリだ」と言って以来、私はコトリと呼ばれ続けている。



りっちゃん曰く「小さいし、美兎より小鳥のが合ってる」らしい。



スラリとモデルみたいに背が高いりっちゃんの隣に並ぶと、元々背が低い上に小柄な私はもっと小さく見えてしまう。



もう少し背が欲しかった。



学校まで電車で向かう。



今日は少し混んでいるようで、小さな私に満員電車は難易度が高い。



だから、いつもりっちゃんに助けてもらっているんだけど、今日は運悪くりっちゃんから離れてしまった。



扉付近から少し中へ流され、フラフラしながら必死に転ばないように足に力を込める。



だけど、それには限界があって、想像した以上に押される力が強くて、体勢を崩す。



転ぶ。



そう思った瞬間だった。



腕を掴まれて引っ張られたと思ったら、何かに包まれるみたいな感覚がして、あっという間に扉側に移動させられて、扉に背をつけて立った。



「勝手に触って悪い。大丈夫か?」



頭上から、それもかなり上の方から、低くて柔らかい優しい声が降ってくる。



見上げると、そこには同じ学校の制服に身を包んだ男子生徒がいた。



黒髪の短髪、男らしく凛々しい眉、その間からスっと通った鼻筋、迫力がある強面の顔で、困ったみたいに見つめる意志の強そうな瞳が印象的だ。



「……クマさんみたい……」



「ん? 何だ? 何処か怪我でも」



「あ、いいえ、すみません。友達とハグれちゃって、凄く助かりました」



見上げていると、少し首が痛くなりそうなくらい、目の前の彼は背が高くて、何より鍛えられているであろう体は物凄く大きい。



180以上は簡単に超えているだろう。



彼の傍にいたら、私は更に小さく見えるんだろうな。



「それは大変だな。すまないが、今は動けないから、もう少しこのまま我慢してくれ」



自分のせいじゃないのに、むしろ助けてくれたのに、どうしてここまで自分が全て悪いみたいな顔をするんだ。



「ふふふっ、そんなに謝らなくて大丈夫ですよ。あなたは悪くないんですから」



「ふっ、まぁ、そうだな」



強面の顔が、こんなにも優しく変化するのかと、彼の微笑みに夢中になる。



素敵な笑顔を浮かべた、熊みたいに大きな男子生徒に、私は興味が湧いてしまったみたいだ。



「あの……学校、同じですよね? 私、今日入学なんですけど、何年生ですか?」



「あぁ、俺は……」



彼の言葉を遮るみたいに、車内にアナウンスが流れて到着を知らせる。



彼のお陰で、無事流されずにホームに降り立つ。



「コトリっ! 大丈夫だった?」



「あ、りっちゃん。うん大丈夫だよ。助けてもらったから……あれ?」



りっちゃんに抱きしめられて、すぐ体が離れたけど、その頃にはもう彼の姿はなかった。



私はりっちゃんに彼の話をすると、りっちゃんは「じゃ、また改めてちゃんとお礼言わないとね」と笑う。



ただ、何年生かを聞きそびれてしまった。



「また……会えるかな……」



私の不安を他所に、再会は意外に早く訪れる事になるとは、この時の私は知る由もなかった。

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