第9話
触れるだけのキスなのに、体が金縛りに合ったかのような衝撃が駆け巡る。
そのまま、離れた唇が次は深く触れる。
「っ……はぁ……セレアっ……んっ……」
唇が触れて離れてを繰り返し音が耳に届いて、下の感触が口内を暴れ始めるのと同時に、ハッと我に返る。
「やっ……ぅっ、んっ、ぃやっ!」
「……っ!」
抵抗すると、ジェードの唇から血が滲むのが見えた。
その血を舌で拭う仕草すらやらしくて、ゾワリとした。
「君はいつからそんな悪い子になっちゃったんだろうね……俺は悲しいなぁ……」
口調は優しいのに、威圧感が凄くて。恐怖みたいなものを感じて、動きが鈍くなる。
モタモタしている私の両手首を、あっという間に束ねて頭上に上げられ、ベッドに固定される。
こんなに手際よく人を拘束出来るものなのかと、他人事の様に考えている私をよそに、ジェードは着々と私の自由を奪っていく。
抵抗しても、固定されている場所が緩む事はなくて。
いつものあの優しくて、兄のように見守ってくれていた彼の面影なんてなくて、目の前にいる人は誰なのか。
怖くて、震えるけれど、私は何処かで確信していた。
彼が、私に酷い事をしないと。
現に、彼が触れる手は優しくて、視線と唇はまるで恋人に向けるそれのようだから。
「他の男には簡単に触らせるのに……どうして俺は駄目なの? 俺は君をこんなにも大切にしてるのに……」
「ジェード……おねがっ……外して……」
「……逃げたい?」
私に覆い被さり、優しく頬を撫でるジェードが優しく笑う。
こんな時までそんな愛おしいみたいな顔で笑うのか。
「逃がしてあげてもいいよ? ただし……」
ジェードの顔が笑顔になり、私は背筋が冷えた。
胸が締め付けられるみたいだ。
こんなにも悲しい笑顔を、私は見た事がなかった。
ベッドから降りて、引き出しから何かを持って戻って来た。
改めて私に跨り、ベッドに繋がる方の拘束だけが解ける。両手首は相変わらず繋がったままだ。
ジェードが取り出したのは、ナイフだった。
片手でナイフを持っていたジェードが、そのナイフを両手首が固定されたままの私に握らせた。
「じ、ジェードっ、何……して……」
「俺を……殺して……」
何を言われたのか全く頭が理解しない。
ナイフを握らされた手が震える。
「こんな事をした俺を、きっと君は許せないから。そしたら俺は君といられない。君といられない人生なんて……俺には耐えられないし……そんな人生に、生きる意味なんてないんだよ……」
ナイフを握った私の手を、力強く両手で包み込む。
そのまま、自らの首にナイフの先端を突き付ける。
「ジェードっ、やめてっ! こんなっ、嫌……っ!」
「大丈夫、手伝ってあげる……。君は、ただ少し力を入れて……引けばいい」
段々とナイフがジェードの首に食い込み始めて、赤い液体が滲む。
見ていられなくて、私は涙が溢れた目を逸らすけれど、それをしたら手から力が抜けて、彼が自らナイフを引いてしまいそうで、怖くなってまた視線を戻す形になる。
「君を泣かせたくなんて……ないんだ……ごめん、セレア……」
ジェードの綺麗な目から涙が零れる。
「でも、もう引き返せないんだよ……。さぁ、君が選んで……」
諦めたみたいな、光の灯らない覇気のない目でそう言ったジェードが、何処か怯えているみたいで。
私はジェードをまっすぐ見つめる。
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