第7話

【ジェードside】



やっぱり限界だったのかもしれない。



頭では自制出来ていると思っていたのに。



腰に手を回して引き寄せられ、他の男の腕の中に簡単に収まってしまう俺の女神。



目の前が真っ赤になって、体が真っ黒な何かに染まる気がして、力一杯拳を握ると、布の手袋が自分だけに聞こえるくらいの小さな音で軋む。



駄目だ、耐えろ。



どうせいつかは、誰かの元へ嫁ぎ、俺じゃない誰かのものになるんだから、今耐えられなくてどうする。



一生彼女の隣で、彼女の幸せを見届けると決意したはずなのに、どんどん黒い衝動が俺を支配していくみたいで。



気づいたら、王子の腕を握っていた。



何で彼女の事を一番近くで大切に見守ってきた俺より、こんな突然現れた奴に。



嫉妬に狂い、我を忘れるなんて。



これ以上、彼女に触れたら駄目だ。



そう思って、出来るだけ自然に彼女と距離を取るけれど、やっぱり付き合いが長い彼女だからか、納得のいかなそうで、何か言いたそうな視線に気づかない振りをした。



心を、感情を殺せ。奥底にしまい込め。



タイを外し首元を弛めて、髪を適当に崩してため息を吐く。



扉が叩かれる。



夜も深けた、皆が寝静まっているであろうこんな時間に、一体誰だろうか。



身支度を整えるのすら億劫で、俺は疲れた顔のまま扉を開く。



目の前に、寝る準備が整っているであろう姿で、不安そうな瞳を揺らした彼女が立っていて、大きくて綺麗な目が俺を見上げていた。



血が、ドクリと沸き立つ気配がする。



何故君はそんないとも簡単に、俺との間の壁を越えて来るんだ。



「ジェード……あの、話があるんだけど」



小さくて、形のいい可愛らしい唇が開いて、小鳥のさえずりかと思う程の愛おしい声が耳をくすぐる。



あぁ、もう、引き返せない。



「こんな時間に部屋を抜け出すなんて……いけない子だね、君は……」



多分今の俺は、彼女の目に知らない男みたいに写っているだろう。



もう、隠すつもりもないから。



俺達の間の壁を、君が壊したんだ。



さぁ、俺に壊される覚悟はいいか。



もう、遠慮はしない。俺は、君に全てを見せるから。



君も、俺の溢れて永遠に止まらない、黒く染った汚い愛に溺れて、狂えばいい。

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