第6話

今日は朝から忙しい。



「やぁ、セレア。今日も相変わらず可憐で美しいね」



歯が浮きそうな言葉を並べながら近寄ってくる人物に、無理やり貼り付けた笑顔を向けて、お出迎えをする。



金色の髪と同じくらい眩しい笑顔で、カイシュ王子は爽やかに笑う。



時期国王だというのに、こんな大した地位があるわけでもない私に、毎回毎回会いに来るのは何でなのだろうか。



王子は、暇なのか。



腰に手を回し、引き寄せられ、突然の事に対応出来なかった私の体がよろけて、カイシュ王子の胸に倒れ込む。



「会いたかったよ、愛しいセレア」



抱きしめられる形で、額に唇が当たる感触。



けれど、何故だろう。



ジェードにされた時の感覚と、王子からのそれとは私の心臓の動きに明らかな変化があった。



苦手だからだろうか。それとも、ジェードが醸し出す安心感なのか、何なのか。



未熟な私には、その正体は分からなかった。



やんわりとカイシュ王子の胸を押し返し、体を離そうとするけれど、爽やかな笑顔とは裏腹に、物凄い力で固定されていて離れられない。



「あの……カイシュ様っ……」



「どうして逃げようとするんだい? 恥ずかしがらなくてもいいんだよ」



恥ずかしがっているわけでも、照れているわけでもない。



ただただ、離して欲しい。



笑顔を浮かべてこの力は、ありえない。



華奢な見た目なのに、どこにこんな力があるんだ。



「あのっ、カイシュ様、その、今日は何かご用でも?」



とりあえずこの状況をどうにかしなくてはと、早口に尋ねる私に何かを思い出したような顔をした。



「おお、忘れるところだった。実は今日はデートのお誘いに来たんだよ」



満面の笑みで私を抱きしめたまま、楽しそうに言った。



私は二人きりになりたくなくて、ジェードを見ようと首をそちらに向けようとした。



私の体を支えていたカイシュ王子の腕の力が緩んだ。



その理由は、カイシュ王子の腕を掴んでいるジェードの手にあった。



「執事君、この手は何かな? 少々痛いのだが?」



「っ!? あ、も、申し訳、ありませんっ……」



まるで信じられないとでもいうような顔で、ジェードは掴んでいた手を離した。



それからだろうか、ジェードの様子が少し変わってしまったのは。



カイシュ王子の屋敷で案内され、お茶をご馳走になっている間も、ジェードはいつも通りに見えたけれど、やっぱり何処か違った。



「つ、疲れた……」



「お疲れ様でした」



微笑んでいるのに、それが偽物の笑顔だという事がずっと一緒に過ごしていた私に、分からないわけがなかった。



「ジェード……何か変だけど、どうかしっ……」



ジェードの腕に触れようとした瞬間、物凄く自然にそれが避けられる。



ジェードに、初めて触れる事を拒否されたのだ。



「今日は疲れたでしょう。夕食まで部屋でお休み下さい」



その言葉は、明らかな拒絶を含んでいたように聞こえ、私は頷くしか出来なかった。



皆の前では、普段通りにしているけれど、私は違和感しか感じなくて。



何だか、はっきりしないのが気持ち悪くて。



私は、昔はよく行っていたけれど、十代を過ぎてからは行く事がなかった場所、ジェードの部屋へ足を向けた。

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